「あ、忘れ物したわー」 我ながら棒読みな台詞だったにもかかわらず、一番後ろを歩いていた俺を振り返る三つの顔のうち二つは言葉通りに受け取ってくれたらしく、それは大変と書いてあった。 「まだ間に合いますよ、ユーリ」 「急いで取ってきなよ!」 素直に心配してくれる二人に苦笑を返しながらお言葉に甘えてそれじゃと背中を向けた視界の隅に、天才魔導師様が憮然としない表情で腕を組むのが映る。 忘れ物なんてただの言い訳だと気づいているのだろう。 後で謝罪と口止めになにか貢いでやらねばと心に決めて、雨を振り払うように歩き出す。 目指すは港の入り口近くに建つ、つい先ほどお邪魔したばかりの宿屋。 主人に片手を上げるだけの挨拶を送って目的の部屋におざなりなノックと共に入ると、忘れ物の一部が目を丸くしながら迎えてくれた。 タイミングが良かったらしく部屋にはフレンの姿しか見当たらない。 日頃の行いが良いせいかと思ってもいない事を一人ごちたところで不思議そうに名前を呼ばれた。 「ユーリ?」 「よう」 「リブガロ退治に行くんじゃなかったのか」 「忘れ物しちまって。取りに来た」 俺の言葉に、フレンはやれやれと困ったような笑みを浮かべてまったく君はと呟く。 仕える相手も部下もいないからだろう、騎士団とは斯くあるべしとか何とかの標語に則った固いもんじゃない、下町にいた頃のように随分と自然な笑顔だった。 漸くフレンらしいフレンを見れたような気がしてほっとしたけど、それを悟られるような恥ずかしい真似はしない。 こちらに向かってくるフレンに、俺はゆったりと余裕を見せるように近づいていく。 「大切なものなのか?」 「まぁな」 「一体なにを…」 「これ」 言いながら、目の前の体にぎゅうと抱きついた。 一番始めに感じたのは、固い。それから次に痛い。 相手が鎧を纏ったままという抱擁には適さない格好をしているから仕方がないとは思うが、少し残念な気持ちになる。 けれどそんな気分を上回るぐらいに、傍に感じる熱とフレンの匂いは、俺の胸を熱くさせた。 「ゆ、ユーリっ」 「んー?」 「いきなり何をするんだ君は!」 そう抗議しながらも、無理やり退かそうとしないのは相手が俺だからだろうかなんてちょっとした優越感に浸ってみる。 無言のままなにも返さない俺をどう思ったのか、フレンはしばらく口の中でもごもご言ってから、そっと俺の背中に手を回してきた。 「忘れ物って、これなのか?」 「………」 「…子供みたいだよ、君」 「うるせえ」 無言を肯定にとったのか(間違いではないのだけど)くすくすと笑いながらまるで赤子をあやすかのように背中をさすってくれるフレンに、思わず笑みがもれる。 いくら取り繕っても、本質は変わってない。フレンは下町にいた頃となんにも変わっちゃいない。 「僕に会えなくて寂しかったのかい」 冗談のつもりなのだろう。 表情は見えなかったけれど恐らく悪戯気な顔で言われたフレンの言葉に、ぐっと喉を詰まらせる。 だってお前が冗談だと思っているそれが真実なのだから。 なんだか悔しくなって、俺はフレンを抱く腕に力を込めてから、ふわふわとした金髪に隠れている耳に口元を寄せた。 「そうだよ」 「え、」 飛びきり低い声で囁いてやると、フレンの肩が大仰に揺れる。 ようやっと体を解放してやって覗き込んだ顔は、真っ赤に染まっていた。 その頬に左手を添えて、今度は直接目を見て言ってやる。 「寂しかった。会えてうれしかった、フレン」 「…っ!」 益々赤味を増していくフレンに、俺はしてやったりと笑みを浮かべた。 忘れ物はきちんと回収できたのだし、後はフレンに怒られる前に逃げるだけだ。 「じゃ、そろそろ行くわ。あんま待たせてらんねぇし」 その言葉で自分を取り戻したのか、ひらりと一歩下がった俺を追いかけるように空色の瞳が揺れる。 未だ朱のさす頬のまま、フレンはきゅと眉を寄せてから口を開いた。 「気を、つけてくれ!」 それだけがいま言える精一杯なのか。可愛いな。 本人が知ったら怒り出しそうな事を考えてから背を向ける。 充電完了、気合いは十分。 待っててくれよ。リブガロさん! たった一言で満たされる (だってそれは君の声だから) title by AC |