「羨ましいよなー」 からかうようなその言い方に、普通の民家の扉程の大きさの窓枠に膝を立てて座りながら外を眺めていたエレフセウスは気だるそうに後ろを振り返った。 その顔は非常に面倒くさそうに歪んでいる。 声をかけてきたのが悪友だと分かったからの態度とはいえ、とても王族とは思えないその表情に、オリオンはやれやれと呆れたように首を振った。 演技がかったようなオリオンの動作に、エレフセウスはふんと鼻をならす。 「急になんだ」 刺々しさの滲む口調にも、オリオンは気にしたそぶりも見せない。 幼い頃から一緒に(まるで兄弟のように)育ってきた親友が大絶賛反抗期中で優しくて美しい母君も一身に付き従ってきた教育係も、さらにさらに弟妹大好きなレオンティウスでさえもどう扱うべきか思いあぐねていることをよく知っていたから。 そしてその原因の一部に、レオンティウスがいることにもオリオンはなんとなく気づいていた。 だからあえて、話題に出す。 「レオン殿下のことだよ」 思ったとおり、エレフセウスの肩が大仰にびくりと揺れる。 些細なことにも眼に涙を浮かべてしまう泣き虫だった少年は随分と偏屈な青年へと成長してしまったけれど、予想外の事態に弱いところはまったく変わっていない。 なんだか嬉しく思いながら、オリオンは鼻歌でも歌いそうな陽気な調子で口を開く。 「文武両道、才色兼備、身分の上下に関係なくどんな奴にでも優しく公明正大。嫌味なくらいにできた男がお兄ちゃんなんて羨ましい限りだよ」 「……」 「あ、逆に比べられたりして弟的には嫌な感じ?」 それが最近レオンティウスを避けに避けに避けまくって爽やか殿下の笑顔を普段の二割減にしている原因かと思っていたのだが、どうやら違うようだ。 エレフセウスはぎゅっと唇を噛んでうつむいてしまう。 予想に反する反応に、オリオンは彼にしては珍しく頬をひきつらせて焦りをあらわにした。 「え、エレフ?」 「…ゃ、よ」 「へ?」 「嫌に決まってんだろ!」 エレフセウスの発した突然の大きな声に、フォローをしようとしていたオリオンはびくりと固まった。 その隙をついて、エレフセウスはオリオンの横をすり抜けるように走り出す。 「お、おい!」 「っ…!」 止めようとしたオリオンを振り切って無言のまま走り去っていくエレフセウスの横顔が今にも泣きそうだった理由をオリオンが知るのは、それからしばらく経ってからのことだった。 鬱血しだした恋心 (進むことも戻ることも難しくてただ立ち止まるだけ) title by AC |