あぁきっとこいつにはかなわないんだな、と思ったことが一度だけある。 あれはいつのことだったか、何時も後ろを付いてくる小さな固まりが邪魔で邪魔で仕方なく、人気のない回廊の真ん中で一言だけ言い捨てた。 「しばらく、ここにいろ」 素直なそいつはこくりと頷いて姿勢を正した。あぁなんて馬鹿な奴。 迎えに来る気なんてさらさらなく、薄ら笑いを浮かべながらそこから離れて行った。 そのことを思い出したのは晩餐の前だった。 いつまでも帰らぬあいつを心配した付き人が俺のところまで探しに来たのだ。 置き去りにしたのはまだ日が高かった頃で、その時はもう月が輝いていて。 まさかもういないだろうとは思いつつも向かった先に、そいつはぼんやりと立っていた。 「あにうえ!」 ぱたぱたと走って近付いてくるそいつは俺の膝のあたりに取り付くと、ぱっと顔を上げた。 その表情が、 「待っておりまし、た」 泣きたくなっただろうに、涙をこらえて笑うその顔はとても気高いと、不覚にも思ってしまって。 「こんな時間まで待つ馬鹿がいるか」 「すいません兄上」 自分の事を棚に上げて言った言葉にも、素直に返してくるあいつに、あぁかなわないと少しだけ思って自己嫌悪した。 つまり私は貴方に勝つことができないの。 (惚れた方が負けだなんて、戯れ言じゃない) |