「兄上、聞いてください!」

眉を八の字に寄せた情けない顔で近寄って来る腹違いの弟の姿に、スコルピオスは眉間に皺をよせて不快感を露わにした。

正妻と妾の子。

言葉にすればたったそれだけだが、その事実が二人にもたらす影響はあまりにも大きかった。
まだ正妻の子が先に生まれていれば、ここまで騒ぎは大きくならなかったかもしれない。
けれど、運命はままならないもの。
妾の子の兄と、正妻の子の弟。
周りの人間は好き勝手に派閥を作ったり媚びたり嫌悪したり陰口を叩いたり。
レオンティウスが生まれた時から、スコルピオスは薄暗い陰謀の真っ只中にいた。
それは、正妻の子とはいえ、レオンティウスも同じ境遇である。

だが、彼はまったくといっていいほどに周囲の風聞を気にせず、一心に義理の兄を慕っていた。
どれだけスコルピオスがレオンティウスを邪険に扱おうとも。

「エレフのことで、兄上に相談にのっていただきたいのです…」

そんな彼の目下の悩みは、つい最近王宮にやって来た実の弟―エレウセウス。
またその話かとスコルピオスは表情を歪めるけれど、レオンティウスはまったく気づかない。

「なかなかエレフが心を開いてくれないのです…どうすればいいのでしょうか?」

少々のいざこざを経てやって来た弟を、レオンティウスはそれはそれは可愛がろうとした(なにせ十何年越しの再会だ)
けれど、その弟の性格は幾分かひねくれており、レオンティウスが寄れば寄るほど彼の態度はかたくなになっていった。
そんな弟を、レオンティウスは更に気にかける。

酷い悪循環だというのに、本人が全く気が付いていないのだから頭が痛い。
スコルピオスはわざとらしく溜め息をついた。

「知るか」
「兄上…」
「だいたい何故私に話しにくる。カストルで充分だろう」

暗にもう来るなと匂わせた言葉に、レオンティウスはきょとんと瞬いてから首を横に振った。

「兄上ほど適任の方はおられません」
「なにを根拠に…」
「根拠など…幼少の頃、兄上はよく私と遊んでくださったではありませんか」
「……………は、」

今度はスコルピオスが呆気にとられる番だった。
遊んだ?
誰と誰が?

「鍛錬に付き合ってくださったり、散策に連れて行ってくれたり…私は忘れていません」
「………」

ですから、兄上なら弟との上手な付き合い方を知っているかと。
照れたように話すレオンティウスに、しかしスコルピオスは未だに口がきけなかった。

確かに幼い時分、周囲の思惑に気付かぬ穏やかすぎる義母がレオンティウスの遊び相手になってくれと言ってきて、二人になることが度々あった。
けれど、もうその頃のスコルピオスの心中は義理の弟に対する僻みや妬みが大部分を占めていて。
二人きりになるたびに、スコルピオスはレオンティウスをそれは邪険に扱った。

例えば、まだようやく剣を手にしたばかりの弟に鍛錬を名目に本気で切りかかったり。
例えば、散策だといって幼子には過酷な山道を一日中歩き回ったり。

スコルピオスの記憶ではそうなっているのに、どうやらレオンティウスの頭の中では違うようだ。
いったいどんな変換がされたのか。

「あ…なるほど。昔の兄上が私にしてくださったことを真似すればよいのですね!」
「……」

スコルピオスの態度をレオンティウスはそう解釈したようだった。
勝手に満足したのか晴れやかに頷いている。
何故かどっと疲れたスコルピオスは、渋い顔のままひらひらと手をふった。

「…さっさと行け」
「有難うございました、兄上」

ふわりと笑って背中を向けたレオンティウスに、スコルピオスは二度目の溜め息をついた。
人の悪意を好意に勘違いして、しかも気づかない。

「………まったく、」
「なぁおっさん」
「!」

あいつは、と続くはずの言葉は喉に引っかかって出てこなかった。
突然の声の発生源に目を向けると、覆い茂る草の間から淡い金がひょこりと覗く。
それは、現在スコルピオスが義理の弟の次に苦手とする人間のもの。

「……オリオン」

苦々しげに呟けば、普段飄々とした彼にしては真面目な視線がスコルピオスに注がれる。

「盗み聞きは、感心せんな」
「そんなことより、あんた正直に言ったほうがいいよ」
「なに?」
「レオン殿下がエレフのことばっか話すのが、気に食わないんだろう?」

なにを馬鹿な。

叫ぼうと口を開いたのに、何故か声が出てこない。
そんなスコルピオスを見たオリオンのあんたも大変だな、という呟きに、スコルピオスは声の代わりに剣の柄を握った。


こぼれかかるエマルジョン


(嫉妬だと?)

(そんな馬鹿な話があってたまるか!)


title by ニルバーナ



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