「さぁ、こい趙雲」

そう言って自室の真ん中で両手を広げて胸をはる劉備の姿に、失礼だとは思いながらも趙雲は首を傾げずにはいられなかった。

「あの…殿?」
「なんだ趙雲」

この動揺を伝えようと名を呼んでも、なにかおかしいかとでも言わんばかりの顔で見つめ返されてしまう。

(ど、どうすれば…)

思いあぐねた趙雲は、結局どう反応すればよいのか分からずにその場に立ち尽くした。
その反応が不満だったのか、劉備は小さく唇をとがらせて腕を広げたまま趙雲へと歩を進める。
気がついた時には、趙雲の体は劉備の腕の中だった。

「…っ、殿!?」

戸惑いを隠せない趙雲に、劉備はまるで子供をあやすように背を撫でるだけでなにも言わない。
その温もりと肩口に触れる劉備からほのかにかおる香の匂いに、趙雲の胸の高鳴りは未だおさまらなかったけれど、おずおずと抱きしめかえした。

「そうそう。恋仲の者がああしていたら抱擁してやるのが常識だろう」
「と、突然だったので…申し訳ありません」
「別に謝ることではない」
「…なにか、ありましたか?」

いつもならばしない行動への問いかけに、趙雲の肩に顎をあずけていた劉備はゆっくりと首を回す。
見上げる形になった劉備に合わせて視線を落とした趙雲は、思いのほか近い距離に言葉をつまらせた。

「いや…今回は随分と、長い遠征だったからな」

柔らかく微笑む劉備に、趙雲はもしや遠く離れた地で劉備を思い寂しさを募らせていたのが分かったのだろうかと頬を染めた。
そういう理由でこんな行動に出たのだと思うと、先ほどまでの戸惑いなんてどこかに吹き飛んでしまう。
劉備の背中に中途半端に回していた腕に微かに力をこめる。
それだけで嬉しそうに目を細める劉備に、趙雲は少しだけ眉を寄せて俯いた。

「殿は…私を甘やかしすぎです」

今までだって十分すぎるほど沢山のものをもらったのに。
それでも劉備は趙雲を大切に大切に扱ってくれる。
どうしたらその分だけ気持ちを返せるのか分からなくなりそうで、嬉しい気持ちと苦しい気持ちがないまぜになる。
けれど劉備はそんな趙雲に、きょとんと目を丸くした。

「私がお前を?」

心底意味が分からないというような声音に、趙雲はぱっと顔を上げた。
目の前の顔は本当に趙雲の言葉が理解できていないようで、趙雲はおやと首を傾げる。
二人して無言でしばらく見つめ合ってから、先に表情を崩したのは劉備であった。
笑みをこらえるようなそれに、趙雲は今一度首をひねる。

「殿?」
「いや…私はお前に甘えているつもりだったんだがな」
「は…、」

お前は違ったか?
そう囁くように言った劉備の声に、趙雲の頭の中は真っ白になる。
つまり一連の劉備の行動は、彼が寂しかったからという理由だったのだろうか。
考えようとしても目の前に迫ってきた顔に思考する時間を奪われる。

けれど結局どちらにしても趙雲にとって嬉しい結果にしかならない。
そう判断した趙雲は、唇に触れる熱に身をまかせた。


キスより甘くささやいて


(あなたの優しさで私は満たされる)


title by AC



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