「殿、お願いです。話を聞いてください」

追いすがる声から逃げるように、劉備は足早に人影のない廊下を渡り自室へと急ぐ。
その姿を見れば話をする気などまったくないのだと分かりそうなものだが、劉備の後ろにぴったりとくっついて歩く趙雲には通じないようだ。
劉備は彼にしては珍しく、苛立ちを露わにして漸くたどり着いた部屋の扉を荒々しく開いた。

「殿!」
「私はもう休む。下がってくれ」
「しかし、」
「下がれっ」

部屋に入り言い放った劉備は一度も振り返ることなく力任せに扉を閉めた。
いや、閉めようとした。
けれど、何かが挟まったようで完全に閉まらない。
なにか嫌な予感がして慌てて後ろを見ると、壁と扉の間に足があった。

閉まる扉に、趙雲が自分の足を突っ込んだのだ。

理解してざっと血が引いて、劉備は扉から手を離した。
いま自分は加減なく扉を閉じようとした。
挟まれた足には相当な痛みがはしっただろう。
慌てて顔を上げた劉備の瞳に映った趙雲は、けれどほっとした顔で微笑んでいた。
先ほどとは違う意味で血の気が引いていく。
思わず視線をそらして床を睨みつけた。

「殿、話を、聞いてください」
「………もう、聞いた」
「ですが…っ」
「答えられないと、言ったはずだ」
「…っ!」

長い間よき部下として身を粉にして劉備を支え働いてくれていた趙雲に想いを告げられたのは少し前のことだった。
確かに劉備にとって趙雲は大切な存在ではあったけれど、それは恋愛対象としてではない。
劉備ははっきりとそう趙雲に答えた。
それを聞いた趙雲は素直に頷いた。
そのはずなのに。

「殿…」
「くどい」
「それでも…、私は…」

あの日から、趙雲は連日劉備に思いをぶつけはじめた。
無理だと何度はねつけても繰り返しやって来ては飽きることなく同じように同じ言葉を重ねていく。
居たたまれなくなって、劉備はぎゅと唇を噛み締めた。

劉備は趙雲に同じ気持ちは返せない。
それでも、趙雲を突き放すこともできなかった。
どんな思いを向けられようと何をされようと、趙雲がかけがえのない存在であることは変わりなかったから。
だからこそ、趙雲の思いには答えられない。

「お前を、愛することはできない」
「存じております…!ですが、」
「趙雲…っ!」
「私は、殿が、好きなんです」

まるで泣きそうな声だ。
胸がぎゅうと握り潰されるような気がした劉備は、完全に油断していた。
だから、ふいに肩を掴んだ趙雲に驚いてびくりと顔を上げてしまった。
絶対に、真正面から見てはいけないと自分で決めていたのに。

「殿…!」
「……っ」

涙に滲む瞳が、劉備をじっと見据える。
見たら駄目だと、思っていた。
趙雲が本気なのは充分すぎるほどに分かっていたから、見たら駄目だと思っていた。
目を合わせれば、自分は絶対に、

「………趙雲」
「…はい」
「…私は、お前になにも返せないぞ」

それでもいいか。
囁くような劉備の声に、趙雲の顔がぱあと輝いた。
その顔があまりにも嬉しそうで、劉備は罪悪感に胸が塞がれるような気分になった。
目を見たら、絆される甘やかす同情する。
趙雲の求めている気持ちなんて、これっぽっちも抱いてはいないのに、答えてしまう。

だから、どれほど食い下がられようと避けてきたのに。

「殿…!」

嬉しそうにそう言って手を伸ばしてくる趙雲に、劉備はそっと目を伏せた。
この先二人に待っているのは終焉しかないというのに。
抱き締める腕は、とても暖かかった。


光る瞳に映るのは


(暗闇しかない未来に希望を持てますか?)



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