至福の果実

──依頼の後の一杯は至福である。というか、奢りの一杯は美味い。
ヨシノはカフェで依頼料として注文したコーヒーとドルチェのセットを楽しんでいた。いつも通り依頼人と入ったのだが、このあと用事があると言って大して味わいもせず流し込み、数枚の紙幣を置いて早々に席を立ってしまった。
二人分の会計には多く置いていったので、ヨシノは現代人は忙しいなと思いつつ遠慮なくドルチェのおかわりを頼むべく、半分に減ったケーキにフォークを刺しながらメニュー表を見る。
暫くメニュー表とにらめっこをしていると、空席になった向かいに誰かの人影が見えた。ヨシノは別段気にせずにメニュー表とのにらめっこを続けていたが、突然消え去り、代わりに目の前に不機嫌そうな青年の顔が現れた。青年は店員を呼びつけると、ヨシノから取り上げたメニュー表を指差しながら、ヨシノと同じコーヒーとドルチェのセットを注文した。

「やあやあ露伴くん、君もこれを頼んだのか。今回の限定ケーキは美味しいね」

そこまでされてやっと、ヨシノは勝手に向かいの席についた露伴に話しかけた。露伴は不機嫌な顔を見せ、その言葉を無視して話し出す。

「おい聞いたぞ。お前勝手にこの僕の記憶を改竄したらしいな」
「おや誤解があるようだ。勝手にではないよ。私はそんな慈善活動家ではないからね。ご両親から依頼があったから受けたのさ」

出会い頭に高圧的に迫られてもヨシノは動じなかった。露伴は隠さず舌打ちをしてぶすっとしたまま負けじと捲し立てる。

「胡散臭いスタンドで商売やるには力不足じゃあないか?幼なじみを綺麗さっぱり忘れるなんてあり得ないだろ。力を制御できてない証拠だ」
「力不足は認めよう。事件の記憶だけを無くしたが、幼い君の防衛本能がそれだけでは駄目だと判断したんだな。だから当事者の存在そのものを封印したんだ。私の読みが甘かったね」

これから更に噛みつこうとしていた露伴だったが、ヨシノがあまりにもあっさりと非を認めたものだから、その気がすっかり無くなり、わざとらしい溜め息だけが漏れた。ヨシノの様子は相も変わらない。
──僕が杜王町に戻って初めて会ったときからそうだ。実際には初めてなんかじゃあ無かったのに、こいつ、僕を見てなんの反応も示さなかったどころかしれっと初めましてとか言いやがった。

「お待たせいたしました、季節のドルチェセットでございます」

露伴の前にケーキとコーヒーが置かれ、店員が立ち去る。その後ろ姿を見送って、露伴はケーキにフォークを突き立てた。

「ねえ、苺交換しないかい?露伴くんの方が大きい」
「そんなに変わらないだろ。いやしいやつだな。大体、食べる必要あるのか?」
「ははは、もう死んでるからね」

──死人はどうしてこうも、自身の死について軽く語るのか。杉本鈴美といいこいつといい、自分が死んでいるという事実について、あっけらかんとし過ぎじゃあなかろうか?

「……やるよ、しょうがないな」

フォークを刺した分を口に入れ、露伴は勝手に持っていけと皿を差し出した。しかしヨシノは苺を持っていこうとしない。
──なんなんだこいつは。欲しいって言うからやるって言ってんのに。本当に、思い通りに動かない。

「なんだよいらないのか?」
「露伴くんがこっちに寄越してくれよ。その方が美味しくなるんだ」
「……はあ?」

いわく、同じ食べ物でも貰ったり奢られたりした方が美味しくなるらしい。御神木にお供え物だよとからから笑うヨシノに露伴は何故だか無性に腹が立った。
その笑った顔を崩したくなった──ので、ほぼ無意識に苺を素手で摘まみ、ヨシノの口に指ごと突っ込んだ。
──指が舌に触れる感触で露伴ははっと我に返ったが、ヨシノは驚きに目を大きくさせたまま固まっていた。それを見て、先程とは裏腹に今度は別の感情が沸き上がる。
苺を指で潰して、その指でヨシノの舌をそっと撫でた。ヨシノがビクッと体を震わせたのを見て、その感情が一層強くなる。
指を引き抜いて、今度は唇をなぞった。ろは、く。ヨシノがくぐもった声で言ったのは恐らく自分の名前であろう。露伴はニヤリと笑った。

「どうだ、お望み通りにくれてやったぞ。よく味わえよ」
「……予想外だった。君、こういうことするんだな」

ヨシノは顔を背けて、味なんか分からないよと呟いた。その顔は真っ赤になっている。

「お前こそ、そんな顔するんだな」

初めて見たヨシノの顔と様子に露伴はとても上機嫌に笑った。高揚感に高鳴る鼓動の理由も、死の事実への苛立ちの理由も──この感情の名も、露伴はまだ知らない。




至福の果実







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