最後の雨
雨が止まなければいい
このまま、俺と彼女を繋いでくれたら
Last Rain
「サイクスー」
部屋の戸の向こう側で少女が自分を呼ぶ声がした
椅子に腰掛け本を読んでいたサイクスは、栞を挟み本を閉じて扉へ向かっていった
「遊ぼー!!」
戸を開いた直後言われたのは、その言葉だった
彼は一瞬きょとんとした顔をするが、しかしすぐに応えを出した
「…俺とか?」
「うん!」
「……他の奴等が居るだろう」
何時もは他の者と遊んでいるから、無意識にだが捻くれてしまった
はっとして口を塞ぐが、時既に遅し。出ていった言葉は戻っては来ない
汗が一筋頬を伝った。これ以上無い程動揺している
もしノーウィスが泣いてしまったりしたら、などと負の事ばかり考えてしまう
しかしそんなサイクスとは裏腹に、ノーウィスはにこにこしながら彼の手を握った
「今日はサイクスとがいいのー」
──あぁ、他の奴等が此処に居なくて良かった
今、絶対に顔が赤くなっている
その言葉が、ノーウィスにとっては何とでも無い物でも、自分にしたら、凄く特別な言葉だ
「今日は」自分がいい
「明日は」「明後日は」「明明後日は」自分では無いとしても。『今日は』自分と遊びたいと言われた
それだけで嬉しかった
◆
とりあえず外に出る事にした
今日は天気がいい。暑くもなく寒くもない気温が肌に触れるのが心地良かった
「ノーウィス、何をして遊ぶんだ?」
「かくれんぼ!」
「別に構わないが…二人で、か?」
「うん、二人でー
サイクス隠れてね」
「あぁ、分かった」
すっとしゃがみ込み「いーち、にー、」と数え始めたのを見て、サイクスも軽く走り出す
さて、かくれんぼをする訳だが…ある問題が発生していた
──隠れられる様な場所が無い
さぁ、どうしたものかと辺りを見回すと、一方に大樹が見えた
他に場所は無いので、とりあえずその樹の幹の向こう側に居る事にする
「サイクスー、行くよー!」
離れた場所で、どうやら数え終えたらしい声がした
一向に近付かない足音を聞くと、こちらには向かっていないようだ
幹に寄り掛かって、ノーウィスが自分を捜す声を聞いているのは、何だか気持ちが良くて自然と頬が緩んだ
ふと空を見上げると、先程まで青しかなかった其処に雨雲が広がっている
やがて間も無くポツポツと雨が振り出した
サイクスの居る場所なら樹が雨を防いでくれる
だが彼は何を思っているのか、樹から離れ雨に当たり出した
「サイクス、みっけー」
「…あぁ、見付かってしまったな
──ノーウィス、濡れるから木の下へ入ろうか」
サイクスは再び樹の幹へ寄り掛かり、ノーウィスを迎える様に両腕を広げた
ノーウィスは素直にその腕に飛び込み、「サイクス、あったかーい」と胸に顔を埋めた
サイクスはそのまま幹に背を預けながらずるずると根本辺りに座る
ノーウィスも動きを合わせる様に座り込んで彼に背を預けた
ノーウィスの少し濡れた髪がきらきらと光って、まるで月の様だ
月に手が届いた錯覚に、サイクスはその髪に口付けた
俯いた彼の髪がさらさらと流れ、ノーウィスのそれと並ぶ
それに気付いたノーウィスが、サイクスの髪をちまちまといじり始めた
「サイクスの髪って綺麗だね」
「──…は?」
「髪、さらさら」
「…ノーウィスの方が綺麗だと思うが?」
言って顔を覗き込むと、ノーウィスは嬉しそうに頬を紅潮させていた
それを見てサイクスはフッ、と微笑み、続けて彼女の手元に目を向ける
そして、あるものを見付ける…
「…何をしている?」
それは見れば判る事なのだが、しかし訊いてしまう
「三つ編みー」
「…ではノーウィスの髪もそうしようか」
自分の三つ編み姿など出来る事なら見たくないが、ノーウィスを止める気にもなれなくて、代りに彼女の髪をいじる事にした
さらさらした感触が指先を刺激する
暫く互いに髪を触っていたが、やがてノーウィスの手が止まった
どうしたのかと再び顔を覗くと、こっくりこっくりと首を揺らしている
落ちた雫が地や葉に当たり雨音が響き、それが子守歌になったのだろう
「眠っていいぞ」
「……んー…」
か細く返事が聞こえた直後、すうすうと小さい寝息が耳に届いた
サイクスは三つ編みにされた自身の髪をするすると解き、少しウェーブのかかったそれに苦笑した
その髪を、ノーウィスを起こさぬ様にそっと彼女の髪と絡ませる
雨の音が二人を包む
二人だけを別の空間へと切り離してゆく「錯覚」
──雨が止まなければいい
この雨は、一時の通り雨
そうだと判っていても、願ってしまう
──止まないでくれ
雨が、天と地を結ぶ様に
このまま、俺とノーウィスを繋いでくれたら
──雨よ、止むな
遠くなる雨音を聞きながら、サイクスはゆっくりと瞳を閉じた
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