道化師

笑って 笑って

僕の為に

笑って下さい

僕が笑って居られるように




Pierrot





「アクセルー、遊ぼー!」

聞き慣れた声が耳に届いた
特にする事も無くて、ベッドに横になっていたアクセルは直ぐ様「よっ」と掛け声と共に飛び起きた
ひょいと窓から顔を出し庭を見ると、ぱたぱたとノーウィスが手を…否、腕を振っている

「おー、今行くー」
「はーやーくー」

ノーウィスに向かって声を出す
ぴょんぴょんと飛び跳ねアクセルを急かすノーウィスを見て、慌てなくても俺は逃げねーっての、と笑った
窓から離れ部屋の扉に歩みを進める
コツコツと鳴る床とノーウィスの声を聞きながらドアノブに手を掛けた時だった
ふと、一つ考えが浮かぶ

──あの窓から飛び降りたら

此処から行くより遥かに早くノーウィスの元へ着ける
大した高さではないし、着地失敗でも下は草が茂っている
まぁ、着地に失敗する予定は微塵も無いが
思い立ったら先ず行動、の思念を持つ彼は、くるりと方向を変え開いた窓へと歩を寄せた

「??
 アクセル〜?」
「よっと!」

疑問符を並べる彼女に笑い掛け、窓から軽々とジャンプした
空中でくるんと身体を捻り、着地し易い態勢にし、スタッ と華麗に着地を決める
驚きに眼を見開いているノーウィスにニカッ と笑い、頭を撫でようと一歩踏み出した

「…あっ」
「ん?」
「──アクセルの馬鹿ー!!!!
「うおっ!!?」

突然叫ばれ、アクセルは大袈裟に身を退いた

「窓から飛ぶなんて、危ないよ!!
 早く、って言ったけど、飛んで、なんて言ってない!!!!」

見ると、ノーウィスは本気で怒っている顔をしている
あぁ、考えが裏目に出てしまった…とアクセルは頬を掻く
ノーウィスは頬を膨らませたままプイと後ろを向いてスタスタと歩き出してしまった
アクセルは少し唸ってから、一つ息を吐いて頭を垂れた

「──ごめん」

ぴたり、ノーウィスの歩みが止まる
でも振り返らない

「ノーウィスの言う通り、窓から飛び降りるのは危なかったな」
「うん」

返事はしても、まだ振り向かない
どんな表情をしてるか判らないノーウィスに、アクセルは言葉を続ける

「俺が間違ってた
 もうしません」
「…ほんと?」
「ほんとーです」
「…えへへー」

くるっと振り返り、先刻の怒った顔は何処へやら…にこにこと笑ってアクセルに駆け寄った

「約束だよー?
 記憶、した?」
「あぁ、記憶した」

ちょんちょんと人差し指でこめかみ辺りを突き、彼の口癖を二人で言い合って笑った

「あっち行こー」

ノーウィスが指差しながらアクセルの服を引く
その先に見えるは花畑

「おー、行くかぁ
 じゃ、向こうまで競争な」
「きょーそー!」

言うが早いか、ノーウィスはパタパタと駆け出した
アクセルもノーウィスを追おうと走る態勢に入ろうとした
ぱっとノーウィスが振り返る
アクセルは行動を止め、ノーウィスを不思議そうに見た

「窓から飛ぶのは危なかったけどー
 アクセル、格好良かったよ!」

言って、また直ぐ様走り出す
アクセルは、其処に立ったまま、体温が上昇していくのを感じていた

「…反則だよなぁ」

呟いて、ノーウィスには適わない、と笑った
そんなアクセルが漸く駆け出せた頃には、ノーウィスは既にゴール地点の花畑に着いていたのだった

「アクセル、遅ーい」
「あー、負けちまった」

地べたに座ってせっせと手を動かしているノーウィスの隣に座る
ふわりと漂う花の香が擽ったい

「何作ってんだ?」
「秘密〜
 ……出来た!」

ぴょんっと立ち上がり、座っていて背の低いアクセルの頭にそれを乗せる
頭に手を伸ばすが、「触ったら崩れちゃうから駄目〜」と言われたので、上げた腕は仕方無くそのまま下ろした

「…花冠か?」
「ぴんぽーん!」
「……そーゆー趣味はねぇんだけどなァ
 でもノーウィスが作ったもんだし…貰っとく」
「あのねー、この前、マールーシャに教えて貰ったんだぁ」
「…へー、マールーシャに」
「うん、マールーシャね、もっと凄いの作ってたよ」

にこにこと嬉しそうに話すノーウィスを見て、何となく気持ちがもやもやした
──自分は、こんな風にノーウィスに何かを教えて喜ばせる事が出来るだろうか
何かを作れるような、或いは自分しか知らないような知識は持っていない
あったとしても手先はお世辞でも器用とは云えない…
自分は何をどうしたら、大好きな彼女を喜ばす事が出来るのだろうか…?

──ぴと

ごちゃごちゃと考えを巡らせていたアクセルの頬に、突然ノーウィスの指が触れた

「──ねぇ、どうしてアクセルってホッペに模様を描いてるの?」
「へっ? …あぁ、これか」

撫でる様に頬を触るノーウィスの手に、自分の手を重ねる。その先の黒い雫

「……ノーウィス、道化師って知ってるか?」
「んと…サーカス、とかの?」
「そう、ピエロ
 人を笑わせる様な事を言ったり、そう云う事をやったり…」
「アクセルは、ピエロなの?」
「…機関の中ではそう云う存在で居よう…って思ったんだ
 此処では笑ってなきゃ──」

──闇に押し潰されてしまいそうだったから──…

長い沈黙が訪れた
風の音が辺りを覆う
小さな手がアクセルの頬から離れた

「わたし」

ノーウィスの、長い月色の髪が風に乗る
見上げても、逆光の所為で表情は読み取れない
硝子の様な瞳だけがきらきらと揺れているのが見えた

「わたし、アクセル好きだよ」

花弁が舞う
風に揺れて、ノーウィスの向こうに見える青空に吸い込まれていく

「怒ってるアクセルも、泣きそうなアクセルも、恥ずかしそうにしてるアクセルも
 どんなアクセルも格好良いよ、大好きだよ

 でもね、

 笑ってるアクセルが、一番格好良いよ
 わたし、アクセルの笑顔、大好き
 アクセルが笑うと、元気出るの」

──何が出来るとか
何を教えられるとか
そんなもの、必要じゃなかった
笑っていれば
君は笑ってくれるんだ

君が居れば
笑顔で居られるから

──ノーウィス…

「──俺も
 ノーウィスが大好きだ」

とびきりの
最高級の笑顔を

「えへへー
 アクセル、お城まで競争で帰ろー!」
「おうっ
 今度は負けねぇぞ!」

──大好きな、貴方へ







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