03終
振り返れば、君が居た
私に笑顔をくれた
それだけで、倖せだった
もう戻れない、一瞬
壊れてしまった心の集合体の中心部で、男が一人嘆きに似た呟きを発している
祭壇に立つ勇者達は、何とも言い表せぬ表情をしていた
遥か下に見える地上では、零れゆく心を待ち望んだ心無き者、存在しない者がそれぞれ蠢き、犇めき合っている
そして勇者達は、世界が自分達に運命を委ねた、扉を潜ったのだ
それが、ほんの数分前の話
今、二人の勇者の表情は、疑問と歓喜との葛藤に揺れていた
彼等はたった今、二人で力を合わせて、最後の敵に勝利したのだ
しかし、彼等はこの結末に覚えた不信感を拭えないでいた
「……何故だ…何故!!」
ようやっと言葉を発したのは、銀髪の少年の方だった
茶髪の少年の方は、親友のその声で我に返ったが、それでもまだ茫然としていた
銀髪の少年の手に、本来ある筈の剣は無い
『お前は何も悲しんでいない』
男の思考には不意に、そう言った勇者の──ソラの言葉が思い出された
『あぁ、何も哀しくはない』
勇者達は知らなかった
気付いていなかった
理解しようとしなかった
心が、存在が無いと言われ続けた男が、涙を流していた事を
──嗚呼、そうさ、だから
「何故避けなかった…何故わざと剣を受けた!!」
──大人しく、斬られてやったんだ
男は──ゼムナスは、よろめきはするが倒れこそはしなかった
その胸には、銀髪の少年──リクの剣が突き刺さっている
鮮血が溢れ、服を、床を侵食する
呼吸をする度に喉の奥で耳障りな音がした
──視界が、霞む
しかし、ゼムナスには、やるべき事が残っていた
まだ、消える訳にはいかない
「──何故この状況で笑ってられる!!?」
──異常、なのだろうか
消滅すると云うのに、もう恐怖の感情は湧かない
こんな時に、微笑っていられるなんて
そしてこの、とても穏やかな気持ち
「ノーウィス──」
愛しい者の名を呟いて、胸に刺さる剣に手を掛ける
ソラとリクが身構えたが、それとは対照的に、ゼムナスは笑みを見せた
『キーブレードは只の剣じゃない』
『心を開く為の、鍵だ』
『カイリの心は』
『ソラ、お前の中に』
握った鍵剣を、力の限り捻った
傷は深くに広がり、一層の血が溢れ、更なる苦痛が駆け巡った
あぁ、驚いた少年達の顔と云ったら!
「──まさか…!!」
少年二人の声が重なる
彼等の事だ、ゼムナスの中にノーウィスが居る事は悟っていただろう
そして、今のこの行為が、何を意味するのかも
──瞬間、光が弾け、辺りを包む歪んだ闇が消えた
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