01壊

それは

「ゼアノート」

もう捨てた、要らぬ名だ

「私と同じく」

私に必要なのは

「愚かな──」

必要、なのは──




if
-Broken Heart-





「ゼアノート」

集めた心に余計な手を出す、以前の師と王を名乗る者が見えた
仕方無く姿をその場に現せば、その男、アンセムを師と呼んでいた頃の、昔の名を呼ばれる
言い様の無い吐き気が、腹の底から込み上げてくる
その忌々しい名を呼んだ挙句に、アンセムはゼムナスを「愚か者」だとひたすらに言い募った

「…弟子は師に似るもの
 愚かな貴方の弟子が愚かなのは必然」

目一杯の皮肉を返してやる
それは、確かなる正論だった
アンセムは自嘲的にクッと喉奥で笑い、金の瞳をゼムナスに向けた
そこに、かつて賢者と讃えられた男の持つ強い光は、もう宿ってはいなかった
ただ復讐と云う醜い願望と感情に取り付かれただけのものに成り下がってしまっていた

「そう…ゼアノート、私と同じく愚かな弟子よ」

またか、と眉間に皺を寄せる
そんな名は要らないのに
今の名も昔の名も、呼ばれたくない
彼女以外の口から出る名程、虚しく汚らわしいものも無い
その彼女は、城の中で素直にゼムナスの帰りを待っている筈だ
機関員が滅んだ今、ノーウィスは一緒に居たいと言ったが、戦いになるかも知れぬ場所に、大切なノーウィスを連れては来れなかった

「王よ…私から離れてくれ
 何が起こるか分からない
 リク、後を頼む」

アンセムが何かのスイッチを押す
心の集合体への光の刺激が強くなる
アンセムはソラの方へ顔を向け、哀れんだ様な視線を送る

「今となっては聞こえぬだろうが──ロクサス…すまなかった」

その言葉が合図だったかの様に、辺りがまばゆく光に包まれた
確かに、何が起こるが判らない雰囲気だった
ゼムナスが回廊を開こうと空間に手をかざすと、その向こうに何かの影が見えた

「ゼムナス!」

望んだ、愛しい声だった
自分の方へ駆け寄ってくるノーウィスの姿を琥珀色の瞳に捉えて、回廊を開く事を止め咄嗟に駆け寄り彼女を庇う様に抱き締めた
瞬間、強い光が弾け、

「ッ、きゃああああぁぁ──!!!!」

ノーウィスの悲鳴と共に、爆風の衝撃が背を襲う
驚きなどとは違う、悲痛な叫びだった
光と煙が消え、ゼムナスは眼を見開いた
自分の腕の中の彼女は、蹲りがくがくと震え心臓部を力の限り押えている

「痛、い…ゼムナス……痛いよぉ」

硝子の様な瞳からぼろぼろと涙を流し、苦しそうに呼吸をしている

「その子は…まさか──アンセムの言っていた…キングダムハーツ!!」
「本当だ…強い"光"の匂いだ」
「キングダムハーツ本体が壊れたから──彼女自身が傷付けられたも同然…!!」

王と、光の勇者・ソラと、"ゼアノート"の姿をしていたリクと云う少年の声が煩わしい
そんな事を喋る暇があるなら、ノーウィスを助ける方法を教えて欲しかった

「ノーウィス…何故此処に来た!!」

こんな時にも優しく声を掛けられない
泣き叫びたい衝動を抑えようとして、ノーウィスを責めてしまう
──今の私は、余程情けない顔をしているに違いない

「身体、変、だったの
 胸のとこ、あ、熱く、って…っ、ぅ…」

途切れ途切れ、言葉を紡ぐノーウィスの声が、あんなに望んでいた声が耳に痛い
アンセムがキングダムハーツに使っていた機械──あれの影響が、キングダムハーツ
自身であるノーウィスの身体にも出ていた
そして──壊された、心

「ノーウィス、ノーウィス!!」

ひたすら名を呼んだ
やはりアンセムを完全に消し去っておくべきだった、と今更ながら悔やむ
震える手でやっとの事回廊を開き、闇の中に身を投じる
何かを叫ぶ勇者達の声が聞こえた気がしたが、そんなものに構ってはいられなかった
ああ、どうすれば、どうすれば
ぐるぐると同じ問いが脳内を駆け回る
開いた回廊の先は、最上層・虚空の祭壇
世界で一番、あの月に近い場所──

「ゼム、ナ、ス…」
「喋るな」

ぎゅう、と服を握るノーウィス
涙は尚も流れて、止まる事を知らない様

『ゼムナスは、消えないよね』

以前の、ノーウィスの言葉が思い出された
何故なんだ、何故こんな時に

『消えちゃ嫌…嫌だよ』

何を言っているんだ
消えてしまいそうなのは、それは

「、違う」

キエテシマイソウナノハ

──違う、

こんな考えは要らない…!
要らないんだ!!

「ぜ、む…な」
「喋るな!!」

視界が、歪む
涙が、邪魔をする
ノーウィスの姿を、隠してしまう

こんなものは要らないのに!!

「ぜ、…む、な…すぅ」

『ゼムナスー!』

重なる、声が
泣き顔と、笑い顔が
涙が、

「…ぜむ、な…す」

もうやめてくれ──!!

「…お願、い、ある、…の」




──ノーウィス──…




「      」




──抗えない運命は

ただ、あくまでも残酷に

心を、

蝕んでいく──







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