01闇に雪舞う
「──…」
先程迄ざあざあと続いて居た雨の音が止んだ
「……」
ただ、何となく、だった
本当にそれと云った理由も無く、何となく、彼は城の外に出たのだった
「……お前…」
「──…」
ぱしゃり、と地面に広がる水溜まりを踏み、彼は"それ"に近付いた
それは真っ白な薄い布で透く様な肌を包み、全身を雨に濡らしていた
年はまだ幼く見える
一言で表すのなら、少女と云う単語が適切だろうか
彼女は彼を見上げ、虚ろな瞳を彼のそれと合わせた
「……何処から来た…?」
「……」
彼女は無言で、首を力無く横に振った
分からない、と
「…口が利けぬのか」
彼は少し眉を寄せ、彼女の小さな唇に触れた
「ち が、う…喋れ、る」
はくはくと音にならない声の後、小さく消え入る様に言った
「そうか」
先刻と然程変わらぬ表情で、彼は言った
──彼にとって、質問の内容などどうでも良かった
ただ、少女に興味を持ち、何かを喋らせたかっただけだった
「貴方、は だ、れ ?」
まだ慣れないらしく、舌足らずな声で、彼女は彼に訊ねた
「我が名は、ゼムナス」
「ぜむ、なす」
復唱する彼女を見て、彼──ゼムナスは口端を吊り上げる
込み上げる不可思議な"感情"が、ゼムナスの表情を綻ばせた
「──私の城に来い」
「ゼムナス、の しろ?」
「そうだ。お前を我が城へ招こう
……お前の名は?」
「…名前、な い」
ゼムナスが問うと、少女は申し訳無さそうな声を出し俯いた
「そうか
……ならば…私が名を付けてやる」
「ゼムナス、が?」
ぱっと顔を上げ眼を見開き、硝子の様な瞳を大きく揺らした
ゼムナスはそんな彼女の髪を自身の指に絡ませる様にして梳く
──何時から降っていたのか、雨ではない冷たいものが二人のそれを濡らしていた
白い、雪の結晶
「お前の名は──ノーウィス」
「……ノーウィス…
名前、ノーウィス──…」
嬉しそうに笑い、彼女──ノーウィスは幾度も幾度もそれを口にする
ゼムナスは軽々とノーウィスを抱き上げ、「気に入ったか?」と問うた
ノーウィスは笑って「うん、嬉しい」と何度も頷いた
それを見てゼムナスもまた笑みを浮かべ、ノーウィスの髪を愛おしそうに撫でながら囁く
「では行こうか。──我が城へ」
そして二人は、闇に溶け消え去った
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