べりぃめろん
その幼子独特の高く通る声は、恐らく城中に響き渡ったに違いない
声の主が怒る事は余り無い。頬を膨らませてそっぽを向いてしまう事はあっても、泣いてまで駄々をこねるような事をするなどは無かった
その声を聞いた城の男女がその場に駆け付け、少女に問う。一体どうしたのだ、と
しかし少女は、先程叫んだ言葉を再び口にし、それ以外は何も言わなかった
「ゼムナスのバカー!!」
集まった男女は、名を呼ばれた、少女と先程から対峙する男を見やった
男の方も困惑気味の表情で固まっている
「ばかばかばかぁー!! うあぁーん!!!!」
話が全く見えない
──とりあえず、彼女が落ち着くのを待とう
全員の意見が、口に出さずとも一致する
それまでは、思う存分叫ばせてやればいい。それだけでも多少はすっきりするだろうから
男は頭を痛そうにして項垂れた
何故こんな事になったのだろう。自分が悪いのだろうか
少女の後方に立つ少年と青年は、どうしたものかと顔を見合わせている
この二人の姿は、本来なら此処にはある筈のないものだ
男は重たい息を吐く
──事の発端は、僅か数分前に遡る──
◆
「ゼムナス、ゼムナスー!」
祭壇から金色に輝く心を眺めていると、後ろからノーウィスに声を掛けられた
振り向けば、いつも通り可愛いノーウィスと、いつも通りではない客人の姿
この世界には居ない筈の、それぞれ違う世界の住人──
「…ノーウィス、その二人は」
「クラウドとビビちゃん!」
「……」
「あ、あの、どうもこんにちは…」
問われたノーウィスは二人の名を紹介する
金髪の青年は無言でいたが、とんがり帽子を被った小さな子供はぺこりと挨拶をした
しかし無論、ゼムナスが訊きたかったのは二人の名などではない
「あのねあのねー! ゼムナスに歌を歌って欲しいの!」
「いや…だからその二人は」
「それでねそれでね、二人はコーラス担当なの!」
そんな事の為にわざわざ他の世界から連れてきたのか。…いや、それよりも、一人で他の世界へ行ったと云うのか
「ノーウィス…一人で外に行ってはいけないと」
「ナミネと一緒に黒いので行ったからだいじょぶだよ!」
黒いの…ああ、闇の回廊か。しかし危ない事に変わりはない
が──もう済んでしまった事は仕方が無い。二人には後で一時間程説教を受けて貰う事にしよう。今は目の前の他の問題を片付ける方が先決だろう
「……つまり、ノーウィスは私に歌って欲しい歌があり、その二人はその歌のコーラスに必要であると、そう云う事なのだな?」
溜め息混じりにゼムナスが言うと、ノーウィスは悪びれもなく「そうー! 歌って歌って!!」とぴょんぴょんと飛び跳ねた
歌って欲しいが為に別の世界へ行き初対面の人間を連れてくるなど、なんと可愛い我が儘だろうか。歌など久しく歌った記憶は無いが、他でもないノーウィスの為だ。たまにはいいかも知れない
「では、何の歌を歌って欲しいのだ?」
呆れつつもノーウィスの言う事を聞いてやろうとゼムナスは訊いたが、やはり断っておけば良かったと直後に後悔する──
「あのねあのねー! メロンの歌ー!」
「……メロンの歌?」
「べりぃぃぃぃめろぉぉぉぉん!!ってやつ!!」
ゼムナスは めのまえが まっくらに なった !
「ぶるぅわあぁぁぁぁ! ってやってやって!」
「…い、いや、ノーウィス、それは…」
「……歌ってくれないの?」
しゅんと項垂れてしまったノーウィスにゼムナスは表情にこそ表れないが酷く焦った
なんとかしてフォローを入れなければとふと視線を上げれば、困惑気味の少年と青年の姿を目に捉えた
「いや、……折角ノーウィスが連れてきたのだ、二人がメインで、私がコーラスに入ろう」
──そうだ、わざわざ連れてきたのだからコーラスでなくメインで二人に歌わせればいい──ゼムナスは避難経路を見出だしほっと息を吐いた
「だめだもん! ゼムナスが歌わなきゃだめなんだもん!!」
──逆効果だったようだ
びゃああと何とも奇妙な泣き方でノーウィスは泣き出してしまった
「ゼムナスじゃなきゃできないんだもん! ぶるぅわあぁぁぁぁってできないんだもん!!」
──要求も中々奇妙である
ゼムナスは頭が痛くなった
「ゼムナスのバカー!! ばかばかばかぁー!! うあぁーん!!!!」
──そして、冒頭に至る
集まった部下達の視線が痛い。ゼムナスは胃が痛くなり出した
「歌くらい歌ってやれよゼムナス。かーわいいノーウィスの為だろ〜?」
ヒヒヒと笑いながらシグバールが言う。それに続き次々歌えだの何だのと非難の声がゼムナスに降り注いだ
事の発端であるノーウィスは未だにびゃああと泣きながらビビとクラウドを掴んだ
「ビビちゃん、は、うだ、て、くれうよねぇっ」
「う、うん、歌うよ、歌うから泣かないで!」
「ぐらうどはぁっ!?」
「俺はクラウドだ」
「くらっ、うだっ、うえぇぇぇんっ」
「分かったからちょっと落ち着け」
ああ頭が痛い…ゼムナスは片手で目を覆い項垂れた
どうしようかと考えを巡らせ、巡らせ、巡らせ──た結果、プツンと何かが切れた
「……ぶるぅわあぁぁぁぁ!!」
「!! ぜむ、うだ、てくれる!?」
「ぶるぅわあぁぁぁぁ!!」
「ぅわーい!!」
先程までの泣き顔は何処へやら、途端に最上級の笑顔でノーウィスは飛び回った
ゼムナスは──何もかもどうでもよくなったらしい
「べりぃぃぃぃめろぉぉん」
「べりーめろん!」
「ぶるぅわあぁぁぁぁべりぃぃぃぃめろぉぉん!」
「べりぃぃめろぉん!!」
歌う三人にきゃっきゃっと笑うノーウィス
若干引き気味の部下達をぼやけた視界の遠くに見ながら、ゼムナスは めのまえが まっしろに なった !
終われば いいと思うよ
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