偽りの約束

「みんな、居なくなっちゃった」



if
-Lie Promise-





崩れた石碑が数多く並ぶその部屋で、一人の少女の声がした
足元に無数に散らばる碑の破片が、何も纏わない彼女の足を傷付ける
床を這う赤い水が痛々しいが、それを気にする様子は無かった
──気にする事が出来なかったのかも知れない
その真実は彼女以外には誰にも判らないが、そう彼は思ったのだった

「……ノーウィス」

少女の後ろ姿が泣いている様に見えて、男は彼女の名を呼んだ
部屋の中央部迄歩みを進めていた彼女は振り返り、自身の血で濡れた床を走り引き返す
男は自分の胸に飛び込んできたノーウィスを抱き、その腕に閉じ込めた
回復魔法があれば傷を塞ぐ事も出来たが、彼はその術を持ち合わせていなかった

「…消えちゃったよ」
「……」

震える声で紡がれるノーウィスの言葉に、彼は何も返せなかった
ただ抱き締めて、彼女の感情が鎮まる様に祈るしか、彼には出来なかった

「…ゼムナス……」
「──…」

この際、とゼムナスは思った

──この際、泣いてくれればいいのに
感情に任せて泣いて縋ってくれたなら、その泣き声も嘆きも涙も全て全て本能と欲望が示す儘に唇諸とも塞いでしまえるのに

──この際、怒りをぶつけてくれればいいのに
皆が居なくなってしまったのは、消えてしまったのは…
指導者の自分が腑甲斐ないからだと、力不足で弱いからだ…と、怒りに任せ罵声を浴びせてくれたなら、跪いて謝ってその通りだと自分を責め立てられるのに

──この際、憎んでくれれば──…

そこまで思考を巡らせた所で、腕の中に居たノーウィスがするりと抜け出した
駆け出すノーウィスを追って、迷う事無くゼムナスも駆ける
走って走って、ノーウィスが立ち止まったのは、最上層・虚空の祭壇
其処に広がるは壊され見るも無惨な姿になっても尚輝く心の集合体

「みんな、居ないよ
 ナミネもロクサスも、帰ってこないよ」

再び呟きを漏らして、ノーウィスはその場にぺたりと座り込んだ
ゼムナスは膝を着きノーウィスに触れる
そして何かを言おうと口を開いた、その時だった

「ゼムナス」

彼女に名を呼ばれ、出ようとしていた言葉は深くに沈み消えていった
彼は返事の代わりにノーウィスの肩を抱く

「…ゼムナスは──消えないよね」
「──…」
「消えちゃ嫌…嫌だよ」

身体を反転させて、ノーウィスはゼムナスの胸にその身を埋める
強く服を握り縋って、「消えないで」と泣いた

「…消えないさ」

強くノーウィスを抱いて、半ば自分に言い聞かせる様に言葉を紡いだ
消えてなるものか、と

──本当は分かっていた

自分は消える
きっと勇者達の心の強さには勝てない──
それでも、彼は「消えぬ」と言った。消える事など許されぬと
何時の間にやら降り注ぐ雪が、二人を濡らす
はらはらと舞う雪は月色に照らされてより一層美しかった

──消えてなるものか

ノーウィスを抱きながら、ゼムナスはひたすらにそう唱えた
願うだけで叶うなら苦労は無いが、判っていても、彼は祈った
──消える事を拒み藻掻くのは
消滅に恐怖しているからじゃない
怖いのは
愛しい者を残して一人逝く事──

「──絶対に…私は消えぬ」
「ゼムナス──」
「──お前を一人になど…させはしない──…」

──本当は
泣いて欲しかったんじゃない
怒って欲しかったんじゃない
憎んで欲しかったんじゃない
笑っていて欲しかった──

だから彼女が望むなら
闇に雪舞うこの世界で
今、誓おう

雪に舞う、偽りの約束を──…







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