伍-強がりシンデレラ

「俺さ、明日から行こうと思ってんの」
「…パプワ島へか?」
「そう、餓鬼の始末に」
「そうか…シグレちゃんが居なくなるのは淋しいのう…」

しゅん…と下を向いてしまった相手に、シグレは苦笑いを浮かべた
二人は同じ性別だとは思えぬ程体格差があったが、心戦組のどの隊員達よりも仲が良かった
シグレが男装を解いた事で、二人の仲は益々深まった
気兼ね無く色々な相談が出来たし、暇さえあれば二人で出掛けに行った

「儂も一緒に行っては駄目じゃろうか」
「上が許可しても、俺が反対だな
 ウマ子には此処で俺の帰る場所を守って貰わなくちゃ」
「シグレちゃん…」
「餓鬼一人を殺るくらい、何でもないさ
 それともウマ子は、俺がヘマすると思ってる?」
「そんな事、思う訳無いじゃろ」
「だろ? じゃあやっぱ、心戦組のだらしない野郎共の面倒見てて貰わなきゃさぁ」
「狡いのぉ、シグレちゃんは
 そんな風に言われたら待たん訳にいかんわ」
「話が分かるねぇ、ウマ子」
「そん代わし」

ふん、と息を吐いた後、ウマ子は身を乗り出して真直ぐにシグレを見つめた

「シグレちゃんが早ぅに戻らんかったら、儂は一番に捜しに行くけん
 誰が何と言おうと、儂は行くぞぅ」
「おう、頼むぜ、親友!」
「約束じゃあ」

ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます


ゆびきった!



約束、だよ

忘れないで



「聞いたぜ、明日だってな」
「淋しいなぁー、シグレちゃん行っちゃうの」
「ハジメ、シンパチ
 意外だなぁ、お前等にそんな事言われんの」

廊下、夕焼けに赤く染まる中、三つの影が揺らぐ
二人の言葉に対し、シグレはけたけたと笑いながら返したが、二人の表情は曇りがちだった

「ねぇ、どうしてもシグレが一人で行くの?
 女の子一人じゃ危ないよ。…僕が代わりに行くからさ、シグレちゃんは」
「何度も同じ事言うなよ
 あの島に行って、餓鬼の始末をするのは俺だ」
「…シグレよぉ、男のフリやめたんだから"俺"っつーのやめろよ」
「無理無理、もう癖になっちゃったもん」

シンパチが懸命に引き止める
ハジメはそれをしないが、遠巻きに「女一人は危険だからやめろ」と言っていた
それでも、シグレは行くのだ

「恩返し、するんだ。その為に今迄ずっと鍛えてたんだ
 この好機、逃す訳にはいかない」
「恩返しって何なの?
 他の方法は無いの?
 ねぇ──」
「…もう止せ、シンパチ
 シグレは一度決めた事覆さねぇよ」
「分かってるねぇ、ハジメ
 そーゆー事だからさ、シンパチ
 気持ちだけ貰っとくよ」

じゃーな、と擦れ違い、シグレは進んで廊下を曲がる
残された二人。ハジメは相変わらず舌出して、シンパチは眉下げて俯いたまま

「…ハジメちゃん」
「あ?」
「…僕だってさ、本当は分かってたよ
 シグレちゃんの決心は変わらなくて、僕等が何を言っても無駄だって
 だから、ちゃんと見送ろうと思ったよ。早く帰って来てねって、笑って言おうと思ったよ。でもさ、シグレちゃんを前にしちゃうと、駄目なんだ
 言葉が出て来なくって、何時もみたいに笑えなくって、シグレちゃんの顔が見れなくなっちゃう。心変わりしてさ、やっぱ行かない、なんて言ってくれないかなって思っちゃう
 その度に、あぁ、何で僕はこんなに弱いのに、シグレちゃんはあんなに強いんだろ、って
 それで、何下らない事考えてんだ、って自己嫌悪」

どうかしてる、本当どうかしてる
だってだって、この間まで男の子だったのに
なのになのに、僕はシグレちゃんが

「シンパチぃ、俺だって同じ事考えてんだぜ。シグレ一人行かせるなんてしたくねぇよ
 けどシグレが俺達心配させねぇように強がってんだから、俺はそれに付き合ってやる
 俺等はシグレの知らねぇトコでシグレを支えてやりゃーいいんだよ」

狂ってる、嗚呼狂ってる
こんなの俺らしくない、誰かの心配、なんて
俺は俺の為に動けばいいのに、シグレの為に、なんて

「むかつくー、ハジメちゃんに教えられるなんて
 なんでそんな格好良く割り切ってんのさ、ハジメちゃんの癖にぃ」
「"癖に"って何だ、"癖に"って!!」

あぁ、明日はちゃんと、笑顔で見送ろう
あぁ、こうなったら、とことんやってやる

いってらっしゃい、強がりシンデレラ



翌日、シグレは心戦組に所属する者全員に見送られようとしていた
もともと人気のあった"ヒクレ"が女であると判明し、別の意味を含め人気が更に増した結果、見送りには多過ぎる人数が集まったのだった

「…なんかもう…有難い筈なのに逆にうぜぇ」
「まあまあ五月雨君、そう言わないであげてくれよ
 皆、五月雨君が行っちゃうのが淋しいんだから」

副長、ケースケが、不機嫌そうに呟いたシグレを宥める
分かってるけど、とシグレが苦笑った
そんな中イサミがシグレに何かの包みを手渡す

「シグレ、何着か着替えが必要になるだろう、これを持っていけ」
「シグレさん、それ海に捨ててきなよ。セーラー服とかメード服とかだから」
「うわ、マジ?
 …でも、着替えが必要なのは事実だし、借りとくよ、この任務の間だけ」

ソージがイサミを斬って、断末魔が響く頃に、トシゾーが苦い紫煙を深く吸い込み吐き出した
煙にシグレが涙目で咳き込むのを楽しそうに笑んだ後、ぐしゃぐしゃとシグレの頭を撫でた

「ヘマすんなよな、五月雨」
「する訳無いね、馬鹿にすんなよ
 それより禁煙しろよ、ふくちょー」
「その内な」

嘘ばっかり、と煙を払う
そろそろ行くか、とシグレが息を吐いたと同時に、物凄い地響きが聞こえた

「シグレちゃあぁぁーーん!!!!」
「ウマ子! もう来ないかと思ってた…どした?」
「っ、シグレ、ちゃんに、お守り、作ってたら…っはぁ、遅れてしもうたんじゃ
 間に合って良かった!」

息を切らしたウマ子の手に握られた小さいお守り
きっと寝ずに作ったのだろう、ウマ子の眼の下には隈がくっきりと浮かんでいた
所々解れ、縫い目もまちまち、不恰好ではあったが、それでもシグレにとっては最高のお守りだった

「ありがと、ウマ子、すっげ嬉しい
 …あーぁ、手ぇボロボロじゃん」
「慣れない事したからのぉ、はは、やってしもうたわ」
「大事にするよ、本当ありがとう」

抱き締め合って、友情確認
お守りを首に提げて、シグレは船に乗り込んだ

「シグレ、帰って来たら茶屋行こうな」
「おー、ハジメの奢りな!」

ハジメの隣のシンパチは、何も言わなかった
ただ何時もの様に笑って、シグレに手を振っていた




「五月雨シグレ、行って参ります!」




動き出した船はあっと云う間に見えなくなる
隊員達もぞろぞろと帰り出し、俺達も帰るぞ、とシンパチを振り返ったハジメはぎょっとした
シンパチはぼたぼたと流れる涙を拭おうともせず、必死に唇を噛み締めていた

「ちょ、な、…し、シンパチぃ?」
「……うー…
 いっ、行っちゃったよぉ、シグレちゃぁん…」
「……」
「泣かないって、笑ってるって決めたのにぃ…」

ハジメは只、何も言わずシンパチの肩を軽く二回叩いた
それから、二人は何も話さずに、帰り道を歩くのだった



「…あー……なーんか怪しい雲行き」

海の波に揺られながら、シグレは灰色の空を眺めていた

「雨降ってきそー……ってマジで降ってきちゃったよ!! 展開早ぇよ!!」

大粒の雨が強く降り注ぎ、シグレに、船に、容赦無く襲い掛かる
風が吹き、波が遠慮を知らずに高くなっていく

「っ!!」

大きく船が揺れ、シグレの身体が投げ出された
船は高波に飲み込まれ、その姿を消した
残骸すらも浮かばない

「っ…く……!!!!」

──ウマ子──!!

親友の名を叫ぶが声にはならず
シグレはお守りを握り締め

そして意識を手放した




──…

「パプワくん、チャッピー、ついでに家政夫!
 人が倒れてるよぉ!」
「んばば!
 ついでの家政夫、助けてやれ!」
「(え、俺 ついで?)
 おい、しっかりしろ! おーい!」
「……ん」
「良かった、目ェ覚めてるな
 どっか痛いトコは? 自分の名前言えるか?」



      ・
「…………私…は……

 ……だ、れ…だ?」




わ す れ な い で







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -