肆-除隊入隊

──どうしよう

彼──否、彼女は焦っていた
男装が、ばれてしまった
先刻まで熱くて心地の良い風呂に入っていたと云うのに、この嫌な気分は何だ
──まぁ、その風呂が原因で見付かり、こうして局長室に向かっているのだが

「ヒクレさん、顔色悪いよ」
「…ったりめーだろ」

相手が悪かった。あれが局長のイサミだったら、或いは言い逃れが出来たかも知れない。でも…

「(…こいつじゃ駄目だ、無理)」

そのハニーフェイスの裏側で、何を考えているか分かったものじゃない
逃れようと藻掻けば、逆に囚われて落ちてゆく気がする

「──俺、どうなるんかな」

ふと思った事が口から出ていった
ソージは少し後方を歩くヒクレを振り返る

「斬首とかだったらどーしよ」

ははは、と乾いた笑いを漏らしながら、そう呟く
──恩返し、出来ないな

「斬首は無いと思うけど」
「じゃ、除隊処分かな」

あの男が入れてくれた此処を去る──
──どう転んでも、いい方向に傾く事はない

「──着きましたよ」

自嘲的な笑みを浮かべるヒクレに気付かない振りをして、ソージは局長室の戸を開けた

「──は…何だ、とっくにバレてたって訳?」

局長室に揃った面々を見て、ヒクレはそう声を漏らした
局長のイサミを筆頭に、トシゾー、ケースケ、ハジメ、シンパチ、ススム、そしてソージ
部隊長の集合に、ヒクレは「やっぱ斬首かも」と苦笑った

「ヒクレや
 此処に呼ばれた理由は分かっていると思うが」
「…あぁ」

重たい沈黙を破ったイサミの声に、ヒクレが頷いた
しゃがみ込み片手片膝を着き、頭を垂れる

「俺──五月雨ヒクレは、皆を騙し心戦組に身を置いていた」
「──ヒクレ、一つ教えてくれ。何故男装なんかして俺達を騙してた」

トシゾーが口を開く
苦く甘い煙草の匂いが微かに揺れた。吸わずとも香る、染み付いた煙

「約束だった。俺を拾って、此処に入れてくれた男との
 女として入隊しては、稽古の時に相手が加減をして強くはなれぬと」
「成る程──な」
「僕も質問
 五月雨ヒクレ、って云うのは…偽名だよね。じゃあ、ヒクレちゃんの本当の名前は?」

トシゾーに重ねて、シンパチが問うた
偽名も調べがついていた事に、ヒクレは唇を噛んだ
──何時からこうだったのだろうか
「出張」の命令──あの時の反応が自分が思っていたより顕著に態度に出ていたのだろうか
いや、もしかしたら命令を下されたあの朝──ハジメとシンパチとの会話も怪しく感じられた

「…五月雨シグレだ
 ──俺も知りたい事がある。訊いてもいいか?」
「何だ?」
「──俺は」

垂れていた頭を上げ、真直ぐに局長を見た
イサミの険しい表情は普段からは想像も出来ない、"心戦組局長"の顔
──もう、覚悟は出来ていた

「俺はどうなる?
 ──俺の、処分は
 如何なる刑も受ける覚悟は出来ている。…教えてくれ」
「うむ…では──処分を下す
 汝、五月雨ヒクレを、本日を以て心戦組除隊とす」
「──除隊命令、確かに承った
 今迄…ありがとうございました」

立ち上がり皆に向かって一礼し、踵を返す
恩を返す事が出来なかった悔しさ、それから長年過ごした此処を去る事に名残惜しさと淋しさが交ざり合い、視界が滲む
泣くなと自分に言い聞かせながら、ヒクレが扉に手を掛けた──その時だった

「待て、まだ終わっておらぬ」

イサミがヒクレを呼び止めた
ヒクレは一つ瞬いて、ゆっくりと振り返る
結った髪がさらさらと揺れた

「……まだ、何か?」

弱々しい声が部屋を渡る
机に着いていたイサミは静かに立ち上がりヒクレに寄った

「ヒクレが除隊してしまった故、一つ席が空いてしまった
 ──よって本日より、五月雨シグレを心戦組に入隊させる」
「──え…?」

驚き眼を見開いた彼女に、イサミは笑って頭を撫でた

「やっと見せたな、本当のお前を」

局長の顔から一変し父親の様に笑うイサミ
周りの皆も穏やかに笑んでいる




温かかった母

笑顔が好きだった父

優しかった兄弟

楽しかった友人達





断片的に紡がれる"過去"の記憶と、"今"が重なる
流れる涙が床に落ち、ぱたぱたと音がした
イサミは子をあやす様にシグレを優しく抱いた

──失ってしまった、幸せ

「──五月雨シグレ、本日から心戦組に…入隊致します……!」

──もう壊さない

恩返しに加え、新たな決意を固めた「シグレ」の瞳は、迷い無く輝いた







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