弐-白濁の風呂

──やっと

「…ッはぁ!……はっ…!」

局長・近藤イサミから「出張」の命を受けたヒクレは、中庭で一人、剣技の鍛練に励んでいた

──やっと、「時」が来た

自分を拾ってくれた「彼」に、恩が返せる
そう思うだけで体が震えた
──しかし

「……はぁッ…は…腹いってぇ〜…」

世の中、そう巧くはいかないものである
男の振りをしていても、やはり身体は女のもの
俗に言われる「女の子の日」と云う出血多量の生理現象だって、凡そ一ヶ月に一度のペースで訪れる
ヒクレはこの日が嫌いだった
普段が巧くいっても、この日だけはやはり憂欝になる
もし誰かにバレたりしたら、言い訳の仕様が無い
しかし実際の所、もう幾年過ごしただろうこの心戦組、何事も無く生活している
ヒクレが慎重で隙が無いからだろうか。はたまた心戦組の奴等が鈍いだけだろうか
前者もあるのだろうが、後者の要素の方が割合多いだろう
「正義と平和の為ならどんな仕事も引き受ける」と云う心戦組の男共が同僚の偽りも見抜けないなど、その様な事で良いのか? と一人ごちて苦笑った

「──…、五月雨!」

不意に後方から声を掛けられ、ヒクレは振り返る

「あー、土方ふくちょー」

声の主、鬼の副長こと土方トシゾーの姿を其処に確認すると、今朝にも同じ様な事をしたな、と思いながら返事代わりに彼を呼んだ

「風呂空いたぞ。…っつーかまだやってたんか」
「あぁ、あんがとさん。時間なんて気にしてなかったからさ
 …うわ、汗びっしょり」
「さっさと風呂行って流してこい。そのままで居ると風邪引くぞ」

服の袖で汗を拭おうとしたヒクレを止める様に、トシゾーは手拭いを渡し言う

「何、やけに優しいじゃん。どした? 明日は雪かな」
「いいからさっさと入って来い。お前で最後だ」
「あいよ」

少しの間の談笑をして、ヒクレは風呂場へと向かう
稽古中は気にならなかった汗が、肌に服を密着させているのが気分が悪かった
無意識の内に少し早足になりながら、ヒクレは風呂場に着くと早々に衣服を脱ぎ捨てた

「‥はぁー…きもちいー…」

身体を軽く流して、湯槽に入る
腹痛はあったが、出血は殆ど無い
今日はゆっくりして居られる
そう思いながら息を吐いた…その時だった

──ガラッ

「…へっ?」

聞こえる筈の無い音…風呂場の戸が開く音がし、ヒクレはそちらに振り向いた

「…ヒクレさん」
「なっ!!? おっ、沖田…」

其処には、沖田ソージの姿があった
…幸い湯は白濁に色付いていて、湯に入って居るならば身体が見られる事はない
しかしそれは遠目なら、の話
近くに寄られればはっきりとはいかぬが見えてしまう
"女"の、身体が

「(……絶対やばい…この状況…)」
「ヒクレさん」
「ん、な、なんだ?」

なるべく冷静に返事をしようとするが、動揺してるのが明らかに分かる程声が震える

「(やべーって。まじやべーってこりゃ!!)
 …何だよ沖田、早く言えよ。気になんだろ」

何でもいいから早く用件言って早く帰ってくれ!!
そう思いながらヒクレはソージを促した

「ヒクレさん
 お風呂、僕もご一緒していい?」


──絶体絶命、ってヤツですかい、これは







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