壱-降り始めた泪色

「何を泣いている」

一人の男が問うた
男が見下ろすはまだ幼さの残る一人の女

「風邪を引く」

言って男は、雨で濡れている女に自分の差していた傘をかざしてやる
女は顔を上げ、自分の代りに雨に打たれ出した男の顔を見た
男の透く様な髪が雨に霞み、より一層美しく見えた

「何故涙を流す」

男が女に再度問う

「………弱いから」

女がようやっと口を開いた
この雨の中で如何程泣いたのだろう、女の声は擦れ、今にも消えてしまいそうだった
その女の言葉に男は微かに口元を吊り上げた
男は膝を折り、地べたに座る女と目の高さを合わせる

「強くなりたいか?」

男が言った

「……たい」
「聞こえぬ」
「……りたい…
 強くなりたい…!!」
「そうか。ならば──」

男は女の肩に手を置いた
ひどく冷えた女の身体に思わず眉を顰めたが、しかし構わず抱き寄せた

「俺の所に来い」

男が耳元で静かに言うと、それが合図だったかの様に女が再び大声で泣きだした
雨は一段と強くなり、女の悲痛な声を掻き消した



「ソージ!!
 今日こそこのセーラー服を着「親父臭いから寄るな」

ドスドスドスッ

「見てくれ山崎くん!!
 遂に手に入れたんだよ、マジック先生の特製フィギア+等身大ポスター付き限定DVD「下らないもの見せないで下さい。目が腐ります」

ザクザクザクッ

お馴染みのやり取りが聞こえ、布団の中で伸びをした

「煩いなぁ…またやってんのか」

言って間もなく断末魔の叫びが廊下に響く
起き上がりながら目を擦り欠伸を一つ
毎日繰り返されるこの騒ぎが目覚まし時計
寝間着を脱ぎ仕事着に袖を通し
長い漆黒の髪は高くに結う
部屋を出ようと戸を開けば、風が吹き抜け羽織が舞った
廊下に出ると先程の叫びの主二人が、一方は血を、もう一方は涙を流し這い寄ってくる

「ぐぉぉおおぉぉ〜ヒクレや聞いてくれぇ」
「五月雨くん聞いておくれよぉお〜っ」
「あーはいはい
 どーせまた沖田と山崎だろ〜?」

寝起きと空腹で、面倒臭そうに這う二人に言う

「酷いな〜ヒクレさん。どっちかって言うと僕等が被害者だよ」
「そうだぞヒクレ、これは立派な正当防衛だ」
「おう、沖田に山崎」

這っている二人を踏み付け言ったのは、ハニーフェイスの銀髪の男と、ポーカーフェイスの黒髪の男

【五月雨 ヒクレ】

これが、此処…心戦組での名。本名は【五月雨 シグレ】
だがシグレにとっては、本名と同じくらいに「ヒクレ」と云う名も大切なものだ
雨の中、ある男に言われた。俺の所に来い、と
そして連れられて来た場所が心戦組
シグレはその時、「今日から男として生きろ」と、その男に言われ、その名を貰った
それに素直に従い、現在に至る

男には心底感謝している。彼のお陰で強くなれた
あのままで居たら、きっと自分は──自害していただろう
あの男は恩人。いつか恩を返すのだと、心に決めていた

「あっ、ヒクレちゃん。おはよ〜」
「よぅ、ヒクレ」
「おう、永倉に斎藤。おはよーさん」

朝飯を食べようと食堂に行くと、其処には既に茶色の三つ編みの男と、金髪に赤い鉢巻きをした男が食事をとっていた
三つ編みの…永倉シンパチが、こっちこっち と手を振っている
ヒクレは朝食を盆に乗せ、二人の座る場に足を運んだ
そしてシンパチの隣に腰を下ろし、早速食事に手を付けた

「なぁ、聞いたか?」

ヒクレにとって、素晴らしく邪魔なタイミングで話掛けたハジメ
ヒクレはハジメを軽く睨み付ける様に視線を向ける

「ほらー、御飯邪魔したらヒクレちゃん不機嫌になっちゃうから」

シンパチはヒクレの胸の内を見透かした様に笑いながらハジメを肘でこづいた

「あ…いや、悪い。食べながらでいい。何だったら聞き流していいから」
「ん」
「ハジメちゃん、聞いてやるから後で何か奢れってさ〜」
「でたらめ言うなっつの」
「でたらめなんかじゃないよ
 ね、ヒクレちゃん」

シンパチの言葉に、ヒクレは首を縦に振った
無論、シンパチの冗談事に乗っただけなのだが──

「…まじかよ」

しかし、ヒクレが乗ってしまった以上、ハジメもそれに乗らなくてはならない

「……わーったよ。茶屋行ったら一杯だけな」
「ん」
「ハジメちゃーん、僕にもね」
「ばーか、誰がお前に奢るかよ」

ヒクレの口が食物により塞がっているのをいい事に、シンパチは調子のいい事を言った
ハジメは舌を出しながらシンパチに言葉を返した、が…

「斎藤、永倉にもな」

ヒクレは口をもごもごさせながら、またもシンパチの悪ふざけに乗り出した

「わーい、やったー」
「勘弁してくれよ…給料前だぜ」
「俺も給料前だよ
 で、話の続きは?」
「……ガンマ団のマジック
 あいつの息子が居なくなったそうだ」

給料日が同じなのだから、給料前なのは当り前だろ、と云う言葉を飲み込み、ハジメは話し出した
ガンマ団、と云う単語に、ヒクレは二人に気付かれない程ほんの僅かに反応した

「マジックの息子、ってゆーと…シンタロー?」
「いや、その弟の方だとさ」

実際、二人がヒクレの変化に気付いた様子は微塵も無い

「弟…コタローだったっけ?
 そいつだよな、両目が秘石眼の…例の島を破壊したのは」

ヒクレはその空気を保ちながら、それとなくハジメに問う

「あぁ、確かそうだぜ」

やはり、間違いない
あの男の敵だ
…否、正確には「敵の中の一人」だ

「…ごちそーさん」
「わ、食べんの早いねー」
「まーな
 斎藤、興味深い話ありがとさん」

ガタ、と音を立て席を立つヒクレ
そして羽織を翻し、食堂を後にした





「五月雨!!」

キシキシと音の立つ古びた廊下を歩いていた所突然に呼び止められ、ヒクレが振り向くと、

「あー、土方副長」

【鬼の副長】との異名を持つ、土方トシゾーが其処に居た

「どーしたんスか?」
「話がある。局長室に来い」
やだ
「……」
「嘘だって、本気にすんなよ。相変らずお堅いなぁ」
「…早く来いよ」
「はいはい、行きますよ〜」

不機嫌そうに歩を進めるトシゾーの後ろを、前方から来る煙を払いながらヒクレは歩く

「で、わざわざ局長室で何のお話よ」
「さぁな。お前の首の話じゃねぇのか」
「……」
「冗談だ」
「うわ、ひっでーの
 …なー副長、禁煙しようぜ禁煙。煙いよ」
「じゃ、息すんな」
「うっわ、部下に向かって何て発言
 今話題のパワハラってやつだ! 副長のくせに流行に乗りやがって」
「くせにって何だてめえ」
「ひゃあこわい!
 さてさてパワハラ副長に負けずにここまで来てやったぞ局長ー」
「おぉヒクレ」
「話って? 現在進行形で行われているパワハラについて?」
「おいいい加減にしろぶった切るぞ」
「ハッハッハッ仲がいいなお前らは
 さて実はな、お前に出張に行ってもらいたいのだ」
「出張ぅ〜? 一体何処にさ」

ヒクレが面倒臭そうな声を出す
局長室の戸のすぐ傍に寄り掛っていたトシゾーが、煙草の煙を吐きながらヒクレに言葉を掛けた

「ガンマ団の息子が居なくなったのは知ってるか」
「斎藤から聞いたけど…それがどうした?」
「危険な芽は早々に摘まねばならぬ、と言えば分かるかの」
「…始末しろってか、俺が
 でもガンマ団本部から居なくなったんだろ? 捜してからじゃねーと俺結局動けねぇじゃねぇか」
「既に目星は付いておる」
「…何処だよ」

ざわざわと胸が騒いだ
ヒクレは心の何処かで、マジックの息子──コタローの居場所が掴めていた

あ の 島 だ





「コタローの居場所は──第二のパプワ島」




──恩を返せる時が来た







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