記録



▲ジョルノ◆ジョジョ

「やあ、今日は天気がいいね。ぼくは学校かい? よく学んでくるんだよ。大人になってからの勉強は中々難しいからね」
「おや、ぼく、傘を持たずに出たのかい。今日は午後から降る予報だ、私の傘を貸してあげよう」
「こんな時間まで遊んでいたのかい。この時期はすぐ暗くなる。寄り道しないでまっすぐ帰るんだよ」
「ぼく、今度の日曜日は暇かい? 公園でジェラートを食べないか。よく晴れるらしいからね」

走馬灯のように彼女が幼い僕にかけてくれた言葉と景色が駆け巡った──走馬灯は見たことがないからただの想像だが。
机に突っ伏していつの間にか寝てしまったようだ。誰も居なくてよかった。ギャングのボスが無防備な姿を晒すなんてさあ殺してくださいと言っているようなものだ。まぁ、この部屋には信用している数人しか入れないが。
それでも、もしその数人がスタンド攻撃を受けて、敵や裏切者をこの部屋に入れてしまうとも分からない。用心しなくては。
今になると、ディアボロの気持ちが分からなくもない。

「おや、もう起きたのかい。もう少し寝ていたらいいのに」

息をふうーっと吐いて小さく伸びをしていると彼女の声がして、慌てて声のした方を見た。
誰も居なくてよかった、ではない。いくら寝起きでも、信頼してる人でも、油断しすぎだ。
頭を少し振って呆けた思考を振り払った。眠気は今ので完全に飛んだ。少し鼓動が早い。

「仮眠にはこれくらいが調度いいんです」
「うーん、初流乃、最近あまり寝てないだろう。熟睡して本格的に休まないと参ってしまうよ」

ぱた、と本を閉じて彼女は僕の方へ近付く。座っている僕のことを見下ろしながら、彼女は僕の頭にぽんぽんと手を乗せた。僕は、さっき見た夢を思い出した。

「貴方の夢を見ました」
「おや、そうかい。夢の私は何をしていたかな」
「幼いときの夢です。街で会ったとき、よく声をかけてくれたときの」

こんな風に、いつも頭を撫でてくれましたね。そう言うと彼女はああ覚えているよと答えた。

「綺麗な黒い髪だったね。ふふ、懐かしいな、ぼく」
「そういえばどうして、ぼくなんですか」
「ん?」
「ぼくって呼んでたじゃないですか、僕のこと」
「あぁ、名前を知らなかったからさ。日本じゃそうやって呼ぶことが多いんだ」
「名前も知らない子供に、なんであんなに声を? それだけじゃなくて、出掛けて遊んでくれましたよね?」
「出掛けると言うほどかな。近場の公園くらいだったろう」
「それでも僕には」

あの世界から抜け出して、あの世界を忘れられる、唯一の時間だった。
殴られない。邪険にされない。甘えても許される。夢のような時間。本来は両親に貰うべき愛を、彼女は与えてくれた。
──たまに、思うのだ。本当に夢だったのではないかと。僕の願望で、彼女の能力で、幼い頃の記憶を改竄しているのではないかと。
そして、不安になる。

「貴方が僕に良くしてくれたのは、父のことで気を使っていたからですか」

僕は、使われていたのではないかと。
過去の清算に。断罪に。

「そういうわけではないよ初流乃。だいたい、君がDIOの息子と知ったのはここ1年くらいの話さ」
「だったら何故ですか」
「正直あまり覚えていないな、10年も昔のことじゃないか」
「さっき覚えているって言っていました」
「遊んだ事実を覚えているだけさ。最初の理由なんて分からないよ。多分、日本人に見えたから、迷子の観光客と思ったんじゃないか」
「じゃあ迷子じゃないって分かってからは何故ですか」
「どうしたんだい今日は。やっぱりもう休んだ方がいい」

ほら立って、と彼女が僕の腕を引くので、釣られて席を立ってしまった。多分、仮眠室に押し込んで、寝ろと言うのだろう。
──真っ暗な中で、一人で。
素直にそのまま腕を引かれていくと、やはり予想通りの扉を開いた。夕方色の灯りをつけて、僕をベッドまで誘導する。腰を下ろすと少し軋んだ音がした。腕から手が離れる。
──いやだ、置いていかないで。
「書類を仕分けるくらいはやっておいてあげよう、だから寝なさい」そう言って戻ろうとする彼女の手を、今度は僕が掴んだ。

「やれやれ、ご不満かい? しょうがないな、どうして欲しいか言ってごらん。できることならやってあげよう」

子供のわがままを聞くように、彼女は僕の隣に腰かけた。一人用のベッドがさっきと同じように軋む。
隣に座った彼女の肩に頭を押し付けて、猫がマーキングするようにすり寄った。

「……どうして貴方は」
「うん」
「僕のマンマじゃあないんですか」
「ええ……出生から覆すのかい。戸籍は捏造できても事実は変えられないよ」
「貴方がマンマだったらよかった。そうしたら寂しくなかった。もっともっと、幸せな日をきっと送れたのに」
「そうしたら、ギャングのジョルノは居なくなってしまうね。初流乃、折角頑張ったんだろう」

それに、せめて戸籍のあるやつに言ってくれ。僕の頭を撫でながらそう言う。それから、子供をあやすように僕の背中をとんとんと叩く。
僕は彼女に抱きついて、そのまま下敷きにした。ベッドが悲鳴をあげる。

「やれやれ、しょうがないな。どれ、子守唄でも歌ってやろうか。寝るまでここにいよう」
「嫌です」
「日本の歌は嫌いかい」
「起きたとき、目の前にいてくれなきゃ嫌です。眠る瞬間も。寝てるときも貴方と一緒にいたい。貴方の夢をみて、起きて目を開けても一番に貴方を見たい。誰も居ない部屋を見渡すなんて嫌だ。だったら、寝ない方がましだ」
「なるほど。忙しさを理由に大して寝なかったのはそういうことか」

やれやれ。呟いて、抱き締め返される。その口癖は、日本の友人のものがうつったと前に聞いたことがある。口癖がうつるほど、一緒の時間を過ごしたんだろうか。それほど、親密な仲なのだろうか。
どんな人なんだろう。僕も、それを口癖にしたら、彼女はどんな顔をするんだろうか。

「おやすみ初流乃」

まるでぐずっている子供と母親だ。
──本当に、そうならよかった。
ああ、夢の中では、貴方が僕のマンマでありますように。
恋とは呼べないこの感情を報うには、きっとそれが一番の手段だったんだ。


2018/11/15 19:56 (小ネタ)



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