優越と単純


書庫から執務室へ、中庭に面した廊下を歩いていると、木陰にによく知った背中が見えた。向かいには若い兵士と見られる男がいて、それが今まで何度も見てきた光景であることを悟る。彼女がこういう相手を上手くあしらえることはよく知っていたけれど、ミツヒデとしては如何せん面白くない。彼らに気付いていないふりをして近付くと、まず兵士が俺を見て焦ったような顔をした。足音と気配で気付いているはずの木々はというと、振り返りもせず無視である。

「とにかく、私は貴方とはそういう仲にはなる気はない。悪いけど、諦めてほしい」

落ち着いたトーンの声がして、兵士は少し青い顔で踵を返していった。その際、俺にしっかり敬礼をしていったあたりを見て、俺は自分が気付かないうちに彼を睨んでいたのだと知る。そんなことどうだっていいけれど。

「……あんた何しに来たの」

どうやらしらばっくれることはできないらしい。振り返った彼女は冷たい目線で色々察してしまっているようだ。俺の相棒は勘が鋭くて時々困る。

「いや、木々が困ってるんじゃないかなって」
「はあ。別にこんなの一人でも十分上手くやれるよ」

ほんと過保護だね、と彼女も踵を返すが、俺は身体の影に隠そうとした右手を見逃したりはしなかった。

「っ、」
「一人でも十分上手くやれる、か」

掴んだ場所の少し下、右手首にくっきりと浮かぶ赤い跡。先程の兵士のものであろう手形にミツヒデは無性に苛立った。

「……いつもああいうしつこいのばかりな訳じゃないよ」
「それでもこれじゃあ十分上手くとは言えないな」
「……」
「心配なんだよ、木々」

さっきのように掴むのではなく、小さな手のひらを己の手と優しく繋ぐ。そしてそのまま手首の跡へと口付ければ、超貴公子殿の再来?と毒づかれた。残念ながら超貴公子と言うにはいささか獣じみた俺は、できればその忌々しい跡を自分の唇で上書きしたいところだ。そんなことをすれば木々に睨まれるどころではなくなるのは目に見えているし、ミツヒデも彼女が痛がるようなことをしたい訳ではない。

「……妬きでもしたの」

顔が怖い、と相変わらずクールな瞳で彼女は言う。たいして大事な話をするような感じではなく、日常の軽口かなにかのような、どうでもよさげな調子で。

「ああ、してるな」

だから俺もなんてことない会話の一端のように軽く返す。あの彼にはできないであろう、わざわざ言わずとも合わせられたトーンの会話に、少しだけ心に余裕が戻る。
白雪に頼むか、と手を繋いだまま歩き出せば、ちらと視線が刺さったが、何も言わずに隣を歩き出した。
あの兵士相手では絶対にしない木々の行動。たったそれだけの優越で、ミツヒデの機嫌はいとも簡単に直るのだ。我ながら単純なものだ、と思わず自嘲のような笑みがこぼれた。





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随分更新をサボってしまい、久々になにか書こうかと思った結果が只今アニメ化の影響で再燃中のミツ木々。いつか書きたいとは思っていたけど案外さらっと書いてしまったやつでした。色々と申し訳無い出来なのはいつもの事ですね。






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