薬品の独特の臭いに混ざる硝煙と血の鉄臭さ。
床に下ろしたヒールが割れた硝子と破壊された建物の欠片を踏み潰す。

辛うじて形を保っていた机に乗っかり、眇めるように紙面に目を走らせていた名前は不意に近寄って来た気配に顔を上げた。


「まさか本当にほとんど一人でやってのけるとは……僕も彼らもさして仕事もなかったですよ」

「大まかな破壊は私がやったけど、さすがに誰も逃さずに壊滅とは一人じゃできなかったって。てか、表向きはアンタのとことFBIの共同にするんだから忘れないように」


立場上、FBIと接点を持つことができない名前は根回しなどの打ち合わせは丸投げするしかない。
本来であれば公安の人間相手もしない方がいいのだが、日本に対して危害を加えてないこともあってギリギリ大丈夫だと両者の間で済ませている。

それにしても壊滅させたはいいが後始末の方が面倒ってどういうことだろうか。
裏社会で多大な力を持っていた組織ではなかったけれど、長年根を張っていた組織が潰れたのだ。
大きな影響はなくても細々とした報告は受けていて、名前としてはそこまで面倒を見なきゃいけないのかと頭が痛い話である。

“こっち”のこともあるしなぁ、と一部幼児化してしまう効果がある毒薬について記してあった紙を溜め息混じりに零して机に滑らせた。


「……一つ、訊きたいんですが」

「何?」

「どうしてノックになることを引き受けたんです?」


怪訝そうな、訝しむ目つき。
金髪の隙間から見えた視線を受け止めて名前は肩を竦める。

大した理由じゃないと前置きするように。


「他の守護者……幹部と違って私の顔はまだ知られてなかったしね。私以外に適任者がいなかったのもある」

「……それは建前でしょう?短い付き合いの僕でもわかりますよ。あなたは誰かに従う人じゃない」


安室の指摘に名前は目を瞬かせ、「へぇ」と感心の呟きを漏らした。


「さすが公安。鋭い観察眼だ。……まぁ、私が従う義理も義務もなかったのは確かだよ」


中学の時に無理矢理巻き込まれて得た地位は正直言って面倒の塊でしかない。
一応上司に当たるボスを敬う気もなければ命令を聞くつもりもなく、今回のことだって無視しようとすればできただろう。

名前以外に適任者がいないからといってそれはあっちの都合であって、名前が付き合ってやる必要もないのだから。

だが、名前はいくつか条件こそつけたものの最終的には引き受けた。
仕事内容に興味を引かれたのもあったけれど、最大の理由は至極単純。


「退屈だったからね。暇潰しにはちょうどいいかなと」

「暇潰しって……」


呆れた表情を安室から向けられるが本当のことなんだから仕方ない。

面倒も多かったけど、退屈凌ぎにはなった。
時間も半年以上はかけてるし、そろそろ痺れを切らして周囲に当り散らしている人がいると耳に入ってきている。
誰とは言わないが、名前が相談もなしに仕事を受けて会えなくなったのが不満なのだろう。

それは恋人として当然のことなのだが、他人事のように考える名前は気付かないでいた。


「さてと、私はそろそろ行くよ。裏の方はこっちで処理するから他はよろしく、バーボン」

「……降谷です。降谷零」

「?」

「僕……俺はもうバーボンでも安室透でもない。これからは降谷零と呼んでほしい」


腰掛けていた机から降りて両足で立てば、ヒールを履いていたとしても男の方が高い。
見下ろしてくる双眸には真剣な眼差しと共に微かな熱が灯っているようで……。

別に答える必要はなかったはずなのに、気付けば名前の口から溢れていた。


「名字名前。呼び方は好きなようにして」


これからはって言うけどもう会うこともないんじゃ……。
そう考えていた名前を他所に、日本に来る度に目の前に現れて公安へスカウトされるようになったり、恋人といるところに遭遇して冷戦状態になったり……はまた別の話である。




――――――

490000キリ番を踏んだ瑠美さんリクエスト夢でした。

「傍観者」×名探偵コナンということで、私自身コナンの方の原作があやふやだったりするので口調とか間違いがあっても目を瞑って頂けると助かります……。
本当は一話完結にする予定でしたが、伸びに伸びて前後編に。ぶっちゃけ前半はいらない気もしますけど、せっかく書いたので消せなかった私の貧乏性が発揮されました。
できる限りリクエスト通りにしようと頑張りましたが、私にはこれが限界でした……すみません。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。




叶亜