春は薄紅で染まっていた道が今度は深い赤に彩られていた。
通う大学の最後の後期が始まり、また忙しい日々が戻ってくる。
とはいっても、実習と就活だらけだった夏休みと比べればまだ必須だけ受ければいい講義の方が幾分か楽かもしれない。
そんなことを考えながら、住み始めて四年目となった一人暮らしする家の戸を解錠した。
「……あれ、」
玄関に揃えられた一組の靴。
明らかに男物のそれは名前のものでもなければ見覚えもない。
一人暮らしである名前の家にあるはずもないもの。
……誰かが、この家にいる。
すぐさま辿り着いた考えに名前の体から血の気が引く。
きちんと靴が揃えられていることを考えれば泥棒といった可能性は低いが、誰にも合鍵を渡した覚えもないのだから不法侵入は確定である。
「……、」
そっといつでも通話ができる状態にした携帯を片手に、できるだけ足音を立てないように部屋の奥に進んで行った。
どうして自分の家だというのにここまで緊張しなくてはならないのか。
理不尽だと思える不満を抱えながら、恐怖にも似た感情が渦を巻く。
「あ、おかえり」
「……え?」
電気が点いていたリビングから聞こえた言葉に思わず間が抜けた声が漏れたのは仕方のないことだと思う。
空き巣かと疑っていたところに、件の侵入者から出迎えの挨拶を受けるだなんて予想などしているはずもなく。
脳がゆっくりとながら理解していく現状。
名前は緊張から解放されて脱力する体を両足で支えながら安堵の息を漏らす。
そんな名前の反応を予想通りだと言わんばかりに見る彼は薄っすらと口角を上げていた。
「何でここにいるの?……臨也くん」
「何で酷いなぁ。彼女の家に彼氏がいたら可笑しいわけ?」
「可笑しくはないけど……って、可笑しいよね?私、臨也くんに教えた覚えもなければ合鍵も渡してないよ?」
問い詰めるような口調になるも、それほど名前は気にしているわけではない。
もちろん防犯のことを考えれば気にしなくてはならないことだが、相手が情報屋である臨也なのだから気にするだけ無駄というか。
案の定の答えを吐いた臨也に、今度は名前は違う問いを投げかける。
「じゃあ、今日はどうしたの?来るんだったら連絡ぐらいくれてもいいのに」
「名前を驚かせたくてね」
手招きされるがままにソファに座る臨也に近付くと突然手を引かれて腕の中に飛び込む。
声を上げる間もないまま抱き締められ、頬に熱が集まるのを感じた。
「い、臨也くん……?」
「会いたかった」
「え?」
「せっかく付き合えたのに電話やメールばっかでさ、寂しいって思ってたのは俺だけ?」
今まで見たことがない臨也の様子とその言葉に名前は息を呑んだ。
桜が舞う頃に再会して想いを通じて、季節は移ろい今は秋。
大学が忙しい名前と情報屋に勤しむ臨也では易々と県境を越えて会いに行くことができず、付き合い始めにも関わらず遠距離恋愛を続けていた。
一度だけ名前が池袋に遊びに行った以来会ったことはなく。
こうして二人が直接会ったのは付き合ってから二回目であった。
「わたしも……」
込み上げる思いに声が震える。
細身ながらもしっかりした男の背中に回した手がぎゅっと服を握り締めた。
「私だって、臨也くんに会いたかったよ」
「……よかった。いつも名前ってメールでも電話でもそんな素振り見せないからさ、俺だけかと思ってたよ」
「そんなわけないよ……ただ、考えないようにしてたというか迷惑かなぁって」
互いに忙しいのはわかってるのにそんなことを言ったら困らせるのはわかっていたから。
だから寂しい気持ちを押し隠して過ごしてきた。
ぽつりとそう漏らした名前に臨也は「そんなわけないでしょ」と言い切る。
「迷惑だなんて思わないからもっと俺に甘えてよ。俺だって名前に甘えたい」
葉が色づくように、二人の想いも彩られていく。
それはまるで炎の如く、それでいて紅葉にも似た深い赤。
恋が愛に変わる、それはとても自然で当たり前のことだった。
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柊ゆきとさんイラストお礼夢でした。
「桜」はすごい久しぶりだったので思い出すためにも何度も読み返したのですが……なんかあれですね、未熟すぎる時に書いた連載だったので恥ずかしさ満載でした……。
取り敢えず付き合って半年後、未だぎこちなさのある二人を書いてみたつもりです。
イラストを頂いてから遅くなってしまい申し訳ありません。
改めまして、素敵なイラストをありがとうございました!
叶亜