「初めて来たけど、本当に奇妙な国……」


深く被ったフードの下からドレスローザの街を闊歩する生きた玩具を眺める。
そんな名前の周囲にはローやルフィを始めとした麦わらの一味の姿はなかった。

ドレスローザより北東にある島・グリーンビットにシーザー・クラウンを引き渡すチーム。“スマイル”の工場を探し出し破壊するチーム。そして船で待機し敵に渡らぬよう死守するチーム。
戦力差にバラつきはあるものの、三チームに分かれて彼らは行動していた。……名前を除いては。

名前が一人で行動することに麦わらの一味は不思議がっていたが、ローはごく当たり前のように一人行動を許したし、名前も当然の権利だと街に繰り出していた。


「……にしても、妙だな。王が突然辞めたってのに平穏すぎる」

『プルルルル……』


コートの内側にしまっておいた小電伝虫から振動が伝わり、名前は僅かに眉を寄せて取り出す。

名前が持つ電伝虫の番号を知っている者は数名。
今回の件で麦わらの一味にも一応教えてようやく両手を越えたぐらいだ。


「もしもし、」


今この時にかかってくるのだからローか麦わらの誰かだろうかと思案しつつ、そうだったら面倒だと思いながら電話に出る。
けれど、電話の相手は予想していた相手ではなかった。


『よぉ、名前か?新聞見たが、ずいぶん面白ぇことになってるじゃねぇかよい』

「……アンタか。こっちからすれば面白いどころか面倒でしかないんだけどね」

『だろうな。お前ならそう言うと思ってたよい』


数少ない番号を知っている相手、“不死鳥”マルコは電伝虫の向こうで笑い声を上げる。

あの頂上戦争を皮切りにできた接点は、この二年の間で繋がりを強めつつあった。
不必要ではないからと無下にはせず淡々と対応してきたのだが、今となっては気軽に会話できるほどには交流を深めていると言ってもいい。
それもマルコが変に恩人だと敬うこともせず、十も下の小娘相手に対等な態度で接してくるからというのもあるだろう。

状況なだけに気を抜くわけにはいかなかったが、それでも名前はすぐに電話を切ろうとはしなかった。
辺りに気を配りながら会話に応じる。


『エースの弟と同盟とはな。今どこにいんだよい?』

「ドレスローザ。かの“七武海”に喧嘩売ったとこだよ。……まぁ、“元”がつくかもだけど」


簡素に伝えれば『ドンキホーテ・ドフラミンゴか?確か七武海脱退のニュースが出てたが……』と息を呑む気配が伝わった。
電話先にはマルコが出ているけれど、その周囲には聞き耳を立てている人物がいるのだろう。電話の向こうで僅かに騒がしくなった気配がした。

ここで四皇の力を貸してもらえばきっと計画も楽に進むことができるに違いない。
……だが、そんなことは名前も、ローだって望んでいなかった。

ス、と視線を遣った方角から見聞色の覇気が大地の揺れを感じ取り、青い瞳を鋭く細める。


「手は出すなよ。これは私達の問題だし、あくまで互いに他船の海賊同士。売った喧嘩の助太刀を頼むなんて情けないことするつもりはないんでね」

『……あぁ、わかってるよい。俺達もそんな無粋な真似はするつもりはねぇ。……だが、心配するぐらいは構わねぇだろい?』

「余計なものだとは思うけどね」


最後まで可愛げのない名前にマルコは笑い、簡素な挨拶を残して電話を切った。

通話を終えた電伝虫を元の場所にしまった名前はどうしようかと思案する。
グリーンビットが気にならなくもないが、行ったところで巻き込まれることは必至。ローの戦いに手出しするつもりはないのだから面倒にしかならないだろう。

ならば、とフードを被り直してひとまず一際“声”が多く聞こえるコロシアムに足を向けた。
白いコートの裾が歩みに合わせて揺れる。


「どうも嫌な予感がするんだよな……」


零した低い呟きは誰にも聞かれることなく人知れず消えていった。