丸窓から見ればちょうど海上に浮上していて、何とか逃げられたみたいだと安堵する。

見聞色の覇気を広範囲に渡って鋭く使用したせいで多くの“声”を拾ってしまい、音酔いにも似た感覚に陥ってしまうのは防げない。
いくらコントロールが抜群でも、余裕のない場面ではどうしても二の次になった。


「結局、変えちゃったか」


ベッドに深く沈みながらそう独りごちる。
吐いた溜め息は空気を漂って消えた。

関わる気もなかった原作を変えてしまったことに後悔はない。
元の原作も頂上戦争までしか知らない名前は、これから先が変わったことでどう動くかも想像つかなかった。

でも、それはそれでいいと思う。


「……さっさと入れば」


扉の前で人の気配が居座っていることに気付いていた名前は、ベッドから体を起こし言葉を投げかけた。

ガチャリ、と控えめに開いた扉の向こうから見えた人影。
それがよく名前の部屋に訪れるローでもベポでもなく、原作改変した大きな一つであるエースであると知り、僅かに怪訝な表情を浮かばせた。


「何の用?」

「……助けてもらった命の恩人にまだ一度も礼をしてねぇと思ってな」


部屋に一歩踏み入れ、頭を下げるエースの後頭部を名前はじっと見つめる。


「俺と弟を、そしてオヤジを助けてくれてありがとう……!」

「……律儀だね。別にこっちの都合で勝手にしたことだし、気にしなくていいのに」

「そういうわけにはいかねぇよ」


顔を上げたエースが不意に名前の肩に目を留めると、歩み寄って膝を着いた。
幾重にも巻かれた包帯の触れるギリギリの上を指がなぞる。

黄猿につけられたそれは処置が終わっても鈍い痛みを発し続けていた。


「跡、残るのか?」

「さぁね」

「……悪ぃ」

「何でアンタが謝るの?これは私の不注意が招いたもので、気にもしないから跡が残ろうがどうでもいいんだけど」


身形・容姿に頓着しない名前は、たとえ一生消えない傷跡が残ろうとも気にしない。
白い肌に残る傷跡に周囲はどう思うか気付かないまま。


「それでも俺に原因の一端があるのは事実だ。……それにあんた、女だろ?」


包帯をなぞっていた指が名前の手を掴む。それに驚いてみればエースは真剣な色を灯して名前を見ていた。

膝を着いているせいで下から見上げられる視線は力強く、揺らがない。


「傷物にした責任は取る」

「、」

「雪花……いや、名前。俺は……」




「おい、俺の許可なくそいつに触ってんじゃねぇよ」




不機嫌さを隠しもしない声が呑まれそうになった空気を切り裂いた。

立ち上がり振り返ったエースがニッと笑い、扉の前に佇むローを見据える。
ローはローで眉間にしわを寄せた険しい表情でエースと見返していた。


「んじゃ、許可をもらえば触っていいのか?」

「やるわけねぇだろ。名前は俺の女だ」


戦争は終結したというのに、このピリピリとした緊張感は何だろうか。
二人の間から発している殺気じみたそれが肌を突いて、どうにも居心地が悪くて仕方がない。

突っ込みを入れる気も失せ、名前は人知れず深く息を吐いた。

けれど、名前は気付かない。
面倒だと溜め息を吐く自分の表情がどこか穏やかで、口元は僅かに緩んでいることに。




時代が移り変わり行く中の、一時の平穏。
次第に海が荒れ行くことを薄々感じ取りながらも、ただ今この瞬間だけは、何てことはない穏やかな時間を享受していたのであった。




――――――

220000番を踏んだ百合香さんリクエスト夢でした。

できるだけ頂いたリク通りになるように!と頑張った結果、こんな感じになりましたがどうでしょうか?
赤髪海賊団が僅か一文しか登場できなくて申し訳ありません……。あまりの登場人物の多さにこれが限界だったんです……。
なかなか楽しく書かせていただいたので個人的には満足ですが……妙に長くなってしまったのは反省ですね、はい。こんなに長くなる予定ではなかったんですが。
今回はif設定という形を取りエース・白ひげが救済になりましたが、その内シリーズ番外編としても書こうかと思っています。




叶亜