隣のクラスのあの子が臨也と付き合い始めたという噂はすぐに飛び込んできた。もう何度目かわからないけど慣れたものだ。それでも、確実にわたしの胸はちくりと痛んだ。どうしてわたしじゃないんだろうって思うこともあったけれど、いつも一緒にいすぎたわたしにはそんな感情が臨也に生まれることがなかったんだと思う。幼馴染じゃなかったらもしかしたら可能性はあったのかもしれない。でも、幼馴染だからよかったこともある。と思いたい。
彼女ができてからも臨也は疎遠になることはなかったし、いつも通りだった。多分、彼女といる時間よりわたしといることの方が多い気がする。それはそれでどうなんだろうと思ったけど、彼女の話をするのはわたしが苦しい思いをするだけなのでしなかった。それに、臨也も何も話してこないからきっと触れちゃいけないんだと思って。
「名前、今日家寄ってもいい?」
「あ、うん」
こうやって臨也が家に来ることも、今までと変わらない。それは嬉しいことなのか、わたしにはわからなかった。でも、一緒にいられるだけでも幸せだと思わなくてはいけなかった。臨也が離れないでいてくれるなら、いつまでも幼馴染として振る舞っていなければならなかった。
そんな強がりがゆっくりと確実にわたしを苦しめていった。臨也が隣にいるだけなのに意識している自分がいる。わたしのためだけに笑ってほしい、わたしに触れてほしい、わたしを好きになってほしい。どんどん湧き出る欲はわたしを蝕んでいった。こんなはずじゃなかったのに、楽しかったはずなのに。今は臨也がいることがこんなにも苦しい。

余計な気持ちが生まれてしまったわたしは馬鹿かな。今のままでも十分じゃないか。

「名前さー、彼氏出来ないね」
臨也は無神経にも笑いながら、俺がいるからかと言う。突然の話題に思考が止まった。今までこんな話、したことなかったのに。でも、わたしに彼氏が出来ないのは臨也の言う通り彼が隣にいるからだった。意識するようになる前は臨也といることが一番楽しかったのでそんな存在は必要なかったし、今だって臨也以外あり得ないから他の人なんて考えたこともなかった。臨也に対する気持ちが変わっても、それだけは変わらなかった。臨也がいれば、臨也さえいたら。でも、
「臨也は、いるよね」
「なんだ、知ってたんだ」
「まあ…」
少しだけ驚いた様子で、でもやっぱり臨也は笑ってた。噂が事実になった瞬間。どうして口にしてしまったんだろう。噂は噂で留めておけばよかった。でも、いつかばったり二人でいるところを見るよりかはマシかもしれない。でも、どちらにせよわたしにとって嬉しいことじゃない。

臨也は、はぐらかすように目の前のグラスに手をつけて口を塞いだ。それ以上のことは何も話してくれなかった。臨也は隠したかったのだろうか。わたしが知らないと思っていたからこうして続いていたのだろうか。なら、知ってしまったわたしは離れなければならないのだろうか。
普通だったら臨也の傍にいるべきは隣のクラスのあの子で、わたしじゃない。それなのにどうして臨也はわたしとこうしてわたしの家で話をしているんだろう。嬉しいはずなのに、彼女に対する情のようなものが生まれてくる。気にしなければいい話なのに、そこまでわたしは悪い女にはなれなくて罪悪感を感じてしまう。

「もう、やめた方がいいと思う」
「何を?」
「こうやって家に来るの。彼女が知ったら嫌がるよ」
わたしだったら嫌だ。そう思いながらも後悔した。どうして自ら関係を崩していこうとしているのだろう。今まで通り一緒にいたいのに。二人で遊びに行ったり、ご飯を食べたり、臨也の家に行って双子の妹たちを可愛がったりしたいのに。それを全部彼女に取られてしまうのは嫌だった。
罪悪感、なんて言っておきながらこんなにもわたしは醜い。だって、ずっと隣にいたのはわたしなのに、どうして。どうしてわたしから臨也を奪うの。どうして臨也はわたし以外の子を選んだの。
「いいの?」
「え、」
「名前はそれでいいの?俺が名前のこと構わなくなってもいいの?」
臨也の目を見るのが少しだけ怖かった。そんなに真剣に受け止めてほしくなかった。いつもみたいに笑ってからかってほしかった。なのに、こういう時に限って臨也は普段見せない表情を寄越す。嫌だよ、本当は構ってほしい。でも、そんなことを言ったらわたしが臨也に好意を寄せてるんだって言ってるようなものだし、それだけは声に出せなかった。壊したく、なかったから。
「べ、別に新羅だって静雄だっているし、寂しくないよ」
それを聞いた臨也が不機嫌そうに目を細めて、わたしを睨んだ。きっとそれは静雄の名前が出たからだと思う。けど、現に新羅も静雄もわたしの友達の一人だし、女友達だって多くはないけれどいる。臨也の代わりになる人は誰一人としていないけれど、いつまでも臨也に執着しているわけにもいかない。臨也はわたしのものじゃない。あの子のものなんだから。
「…そう。なら俺、帰るね」
臨也が立ち上がって、玄関に向かう。これでいいんだ、これで。仕方ない。わたしはただの幼馴染なんだから。ただ、小さい頃から一緒にいて、臨也のいいところも悪いところも知ってて、臨也もわたしのことをよく知ってて、好きなものとか嫌いなものとか何でも知ってるだけの、ただの、

「臨也…!」
「何?」
「帰らないで…」
「どうして?俺は名前にとってはただの幼馴染だろ?新羅やシズちゃんとそう大して変わらない程度の友達なんだろ?」
「それは、」
先程からの不機嫌はそのままで、でも、わたしの戸惑う様子を見て何故か少しだけ臨也は嬉しそうな顔をした。その表情の意味はわからなかったけれど、もう言わなきゃ駄目なのかもしれない。どのみち疎遠になってしまうのなら、言ってしまった方が。でも、怖い。拒絶されるのが、傷付くのが嫌だった。
そうやってわたしがあと一歩の勇気を出せずにいると、臨也の口が先に開いた。
「…俺はそんな風に思ってないよ。でも、名前はいつまでも俺のことを幼馴染としてしか見てないような気がしたんだ。だから、どうでもいい奴と付き合ってみてそれを聞いた名前はどうなるかなって様子を伺ってた。それでも何の変化もないから、ああ駄目なのかって思っていたんだ」

何のことを言っているのか、わからなかった。心の中では少しずつ喜びに似た感情が沸き上がってくるのに、頭がついてこない。わからないはずなのに、嬉しくて喉の奥が震えるような感覚が押し寄せてくる。曖昧な言葉の中で都合よく受け止めたわたしは、確実な言葉が欲しくて聞き返そうとしても臨也の口は止まらなくて、余計に混乱する。

「名前と築いてきた関係が壊れるのが嫌だったんだ。だから、こんな形でしか名前の気持ちを確かめることができなかった。俺が気持ちを口にしてしまえば今まで通りにいかなくなってしまうかもしれない、それがどうしても嫌だったんだ。馬鹿みたいだろ、この俺が臆病になってるなんて。でもさ、そんな俺が今、何でこんなことを言ってるかわかる?」

一変にたくさんのことを聞かされて呆然とするわたしを横目に、くすりと笑う。そして臨也の手ががわたしの頬を掴んでぐいっと引っ張った。
「この顔が俺と離れたくないって言ってるから。違う?」
すっ、とその手がわたしの頬をなぞる。目の前にいるのは、いつもの臨也だった。ずっと隣で笑ってきた、わたしのかけがえのない人。

「わたし、臨也のこと「好きだよ名前」
ふわりと笑った顔がすぐ傍まで近寄って咄嗟に目を閉じると、初めて臨也と吐息が交じり合った。たったそれだけのことで全身が震えて、とても息苦しい。
額を寄せて余裕を見せる臨也に文句を言いたかった。でも、それもできなかった。臨也が触れただけでこんなにもわたしは幸せになるんだって、初めて知った。
「これからも俺と一緒にいてよ。俺のことをよく知ってるのは名前だけで十分なんだからさ」

小さく頷いたわたしに満足そうな笑顔を向けて、強く抱き締められた。
笑わないでよ、苦しいよ、嬉しいよ、幸せだよ。もう、我慢しなくていいんだね。

130305
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叶亜さまリクエスト 切→甘

学生折原で幼馴染をやってみました
リクエストありがとうございました





こちらこそありがとうございました。
すっごく私好みの話で、何度も読み返させて貰ってます!

これからも頑張ってくださいね。


叶亜