13
「お前は……」
「その節はどうも」
転入してきたばかりの頃、図書室で出会った男子に対して名前はさらりと言葉を紡いだ。
あれからばったりと出くわすこともなかったのだが、遠くから見かけることは度々あったし、名前は数少ない常識人の顔を覚えていた。
とはいえ、こうして直接言葉を交わすのは実にその時以来である。
「あれ?名前、ドタチンを知ってるの?」
「ドタチン?」
「おい、臨也。その呼び名はやめろって言ってるだろ」
咎めるも半分は諦めてるらしい。
言葉の割には表情に険しさも鋭さもなかった。
……にしても、折原にまともな知り合いがいるとは。
かなり失礼なことを思うがそれも仕方ないだろう。
何せ、臨也の歪みっぷりを間近で見てきたのだから。
そんな名前の心の内を無表情からは読み取れなかった臨也が不思議そうに名前と男子の顔へと視線を行き来させる。
「前に本の借り方がわからなくて教えてもらったことがあってね。それだけ」
「まぁ、それだけといえばそれだけだよな。……そういや、自己紹介もまだか。俺は門田京平だ」
今更すぎる気がしないでもないが、名乗られたからには名前もそれに返した。
それにしても、と名前は門田を一瞥する。
落ち着いた雰囲気そうだけど、高校生にしては喧嘩慣れしてそうだと思った。
もちろん、それを指摘するには喧嘩に慣れてしまっているのが(本人も含めて)名前の周りには多すぎるので口にはしないけれど。
「ここには慣れたか?」
「そりゃ、1ヶ月もすれば慣れるさ」
「……そうか。もう1ヶ月か。つーことは、」
「そ。私が来神高校に通うのも明後日までってわけ」
交換学生としての短気転入期間は明後日で終わりを告げる。
また来週からは並盛に戻り、以前までと同じ並高に通う日々が始まるのだ。
「……」
「折原?どうかした?」
「……いや、シズちゃん見つけたからちょっとからかってくるよ。次の時間サボるから適当にごまかしといて」
いつもと違う臨也の様子に名前が怪訝な視線を向けつつも追及はせず、そのままその背中を見送る。
門田は悟ったのか、名前と同じく違和感に気付きながらも声をかけることはなかった。
ただ、微かに驚いて目を細める。
「あいつも、普通の男だったってことか」
廊下の角を曲がって見えなくなった臨也に向けて呟く門田。
そして臨也の気持ちに全く気付いていない、呟きの意味も理解していない少女を見下ろした。
……お世辞にも良い奴とは言えねぇ野郎だが、せめて気持ちぐらいは受け止めてやってくれよ。
この少女が臨也の想いを受け止めることはあっても応えることはないだろう。
だから門田は、おせっかいだとわかっていてもそう願った。