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キラキラと輝くショーウィンドウに立ち上る甘ったるい匂い。

匂いだけで胸焼けしそうになっている臨也はコーヒーを啜りながら自身の選択を後悔していた。
けれど、目の前に座る彼女を見ればすぐさま撤回したが。


「……何。そんなにじっと見られると食べずらいんだけど」


いくら名前とはいえ、甘い物が好きというのは他の女子とは変わらずらしい。
本日三つ目となるケーキを咀嚼しつつ、目を鋭くさせて臨也を見る。

視線に鋭さがあるとはいっても、ケーキのせいか雰囲気はいつもよりも大分柔らかく。
時折美味しさに頬を緩ませるところが見れて、それだけでこの甘ったるい匂いも我慢できるのだから十分現金だと思った。

と、そこでまた名前を凝視してしまったせいで不愉快まではいかずとも、訝しげな視線を送られる。


「んー、なんでもない。それにしても意外だなぁ。名前がそこまで甘い物好きとは思ってなかったよ」

「自分から誘っておいて言う台詞?まぁ、自分でもそう見えないと思うし、実際甘すぎるのは好きじゃないけどさ」


さすがにもうこれ以上はいらないのか新たなケーキを取りには行かず、フォークを置いて程よく冷めた紅茶に口をつけた。

そんな動作すらも絵になる少女を眺めて、同時に視界にちらつく光景に僅かに眉間に皺が寄る。
スイーツ男子だか彼女の付き添いだかで店内にいる男が、ケーキや彼女そっちのけで名前を盗み見ているという状況は名前に想いを寄せている臨也にとっては気に喰わなかった。


「折原こそよかったわけ?あんまりこういうの好きじゃないんでしょ」

「俺は名前が美味しそうに食べてる姿が見れただけでも来てよかったって思ってるよ?」

「何それ。変なの」


冗談だと判断したのかあっさりと流す名前。
勘の良い人なら察する台詞も、この手のことに鈍感な名前には真意が伝わらない。

まぁ、デートってことすら気づいてないみたいだしねぇ。
彼氏ではない臨也には甘い言葉を囁くこともできなければ、盗み見てくる男共に威嚇することもできやしない。


「それより、この後どうする?せっかくだから池袋の案内でもしようか?」

「あー、そうだね。頼もうかな」


1ヶ月近く池袋に住んではいるものの、都会の街を回りきるには時間が足らなすぎる。
そもそも名前自身がショッピングを楽しむなどといった趣味を持っていないせいもあるのだが。

それでも1ヶ月は住んでいた街だ。
興味を覚えないわけではない。
名前は臨也の提案に素直に頷いて、店を出た足でそのまま賑わう街並みを歩く。

二人が歩くその様は、放課後デートをする一組のカップルのように見えた。