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「あれ、名字さんは一緒じゃないのかい?」

「……別に常に行動を共にしてるわけじゃないんだけど」


閑散とした屋上に一人でいる臨也に同居人お手製の弁当を持った新羅が声をかける。
が、それは今の臨也にとっては地雷にも等しい名前でもあった。

張り付けたような笑みもなく、眼下にいる男女の二人組にひたすら睨みつける。
苛立つぐらい鋭い野生の勘も今は鳴りをひそめているのか静雄は視線に気付かず名前に話しかけていて。
名前が静雄といる、という事実がドス黒い感情をふつふつを湧かせた。

そんな臨也に気付いているのかいないのか、ちらりと例の二人を一瞥して新羅はやはり普段と変わらない声音で言う。


「ふーん、でもいいの?臨也、君は彼女が好きなんでしょ?」


否定したってよかった。
俺は人間を愛してるのだから、人間である名前を好いているのも当然だと。

今更気付いていないフリをするつもりはないけれど、実際にこの想いを指摘されるのとはまた違う。


「俺が好きでも向こうはそうじゃないし、……彼氏もいるんだってさ」


溜め息混じりに零して「早く離れろ。シズちゃんなんか死んじゃえ」と心の中で呪詛を飛ばす。


「……意外だね」

「何が?」

「君が彼氏がいるからって理由であっさりと諦めたのがだよ。略奪愛とか平気でするものだと……」


本気で意外だと感じているらしく、声に驚きが滲む。
失礼な奴だと思っても苦笑いしかできないのは、自分でも同意見を持ってしまったからだろう。

欲しいものなら手段は選ばない。
日常的に外道と蔑まれる行為をしている臨也に罪悪感などなかった。
それでも実行に移せないのは……意味がないと、わかってしまっているからで。

それは諦めとはまた違う。


「奪えるものならとっくに奪ってる。でも、無理なんだよ。名前が彼について話してる時の顔見てすぐに気付いた。……仮に別れさせることができたとしても、俺のものには絶対にならない」


出会った時にはすでに彼女は他の男のもので、始めから叶うはずもない恋心。
彼よりも先に出会っていれば違っていたのかもしれないと思っても、無い物ねだりの詮無きことでしかない。


「ほんっとに狡いよね。俺に可能性すらも与えてくれないんだからさ」

「臨也……、」


臨也は名前を見つめながら、心の中でもう一度「狡い」と呟いたのだった。