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『本日のゲストは人気沸騰中!女優の名無しちゃんです!』



テレビの向こうで名前は口元で笑みを作って、女優として完璧な笑顔を見せていた。

キッチンで名前が紅茶を用意してくれている間、なんとなく点けたテレビのそのバラエティ番組を見続ける。
確か招いたゲストに気になる質問をし、ゲストはそれに本当と本音で答えなければならない番組だ。
旬な芸能人が呼ばれ、新たな一面を知れるためにそれなりの視聴率は誇っていたはず。


「お待たせ。何見て……、」


二つの紅茶とお茶菓子を持ってきた名前がテレビを見て慌ててリモコンへと手を伸ばすので、臨也は反射的にそれを先に取る。
それでも諦めずに奪おうとするためソファから立ち上がった。
互いの身長差は一般の男女と同じであるから、当然名前は頭上のリモコンに届くわけがない。

軽やかな音楽と和やかな会話をBGMにして広がる光景としてはいささか可笑しなところがあるが、当の二人はその可笑しさを気にしないほどどちらも真剣だった。


「臨也くん!それ返して!!」

「何で?俺の記憶じゃ、君は自分が見られることに抵抗はなかったと思うけど?」

「そ、そうなんだけど……とにかくチャンネル変えてよ!」


必死になる名前の表情は焦りの他に羞恥が窺える。
臨也の目の前で演技の練習をしていた名前が芸能人としての自分を見られることに恥ずかしがるはずがない。

何で嫌なのか理由を聞きたくても今の名前の様子では教えてくれないだろう。
どうするかと名前の手から逃れながら考えていると、タイミング良く鳴り出した着信音。

ちらりと携帯を一瞥すれば『マネージャー』の文字が見えた。


「いいの?出なくて」

「う……、」


テレビとリモコンを交互に見て、最後に恨めしそうな表情をしながら鳴り続ける携帯を手に取った。
電話に出る前に「お願いだからチャンネル変えてね!」と言い残し、リビングを出て行く。

いくら名前に「お願い」と言われても気になってしまうのは仕方なくて。
臨也はそのまま件(くだん)の番組に視線を戻した。



『えー!?名無しちゃんて恋人がいたことないの!?』

『仕事が恋人、みたいなわけじゃないんですけど、どうも縁がなくて……』



『恋人』の言葉に臨也の手がピクリと反応した。
自然とテレビを眺める目が鋭くなる。



『学生の頃とかは?かなりモテたんじゃないの?』

『いえ、全然ですよ。学校には仕事のこと隠してできるだけ地味っぽく見せてましたし……。あ、でも、一人だけ仲の良かった男の子がいました』



名前が見せたがらなかった理由はこれだ。
仲の良かった男の子……つまり臨也のことを話すから。
あの頃に言えなかった本音を聞かれるから名前は羞恥を見せた。

臨也の心拍が上昇する間にも、テレビの中の会話は続けられる。



『もしかして、その子から告白されたりとか?』

『……はい。でも付き合えないって断ったんです』

『どうして?仲良かった相手なのに』

『だからこそ、ですよ。私、当時はすごく不器用で、ただでさえ仕事と学校を両立させるのに苦労してたのに恋愛なんてできなかったんです。付き合っても多分、蔑ろにしてしまったと思うから……』



「ごめん。私は臨也くんと付き合えない」



名前は、臨也のことをちゃんと大切にしてくれていた。
大切にしていたからあの時、「付き合えない」と断ったのだ。



『じゃあ……もし、今その彼に告白されたらどうする?』

『そうですね……付き合うかも、しれませんね。本当は私も好きだったので』



ここに誰もいなくてよかったと臨也は心から思った。

この熱く火照った頬とだらしなく緩んでしまった口元を誰かに見られるなんて、臨也のプライドが許さなかったから。