06
「――えぇ、大丈夫ですよ。私にお任せください。……はい、それでは」
池袋はいつだって騒がしい。
臨也は今しがた終えた仕事の電話を切ると一つ息を吐いた。
時刻はまだ夕暮れ前。
せっかくだから池袋で遊んでから行こうか、それともあの忌々しい天敵に会う前に帰ろうか。
考えながら歩いていると公園の方から人の賑わう声が聞こえてきた。
悲鳴とは違う、人の歓声。
何かイベントでもあったかと情報を思い返していると、答えは向こうからやってくる。
「聞いた?今、名無しが羽島幽平と映画の撮影やってるんだって!」
「嘘!?私、ちょーファンなんだけど!!」
少しでも近くで憧れの人物を見ようと中央へと進む二人組の女性の側で、思わず臨也は足を止めた。
名前が、いる。5年ぶりの彼女が。
ドクドクと心臓が忙しなく打ち始める。
あの日、想いを告げて応えてもらえなかった日以来、学校で顔を合わせることがあっても話らしいことはしていなかった。しいていうならテレビで見かける程度。
もちろん見に行ったところで名前は気付かないだろうし、話せるなんて思ってない。
だけど、一目でいいから会いたかった。
「……、」
会いたいのに、臨也の足はその場から動かない。
一目見たところでどうするのだろう。
彼女が瞳に映している相手は自分じゃないのだ。
思い出――初恋は、綺麗なままにしておきたかった。
「まったく……。俺にここまで思わせておいて酷いよねぇ」
笑いながら独り呟くが、声音には笑いが一切ない。
まぁ、あの折原臨也が彼女に関してはただの男に成り下がるのだと思えば笑えて仕方ないが。
やっぱりもう帰ってしまおう。
こんな気分のまま静雄にも会いたくなかった臨也は駅へと足を向けた。
「えーっ。名無しちゃん、もういないの!?」
「なんでも今日はワンシーンだけだったらしいよ?」
「羽島幽平を見れただけでもよかったけどさー、ちょっと残念……」
なんだ、いないのか。
彼女がいなかったのなら、やっぱりあのまま帰って正解だった。
会おうとして結局会えなかったなんて格好が悪すぎる。
臨也にしては上の空だったからだろうか。
曲がり角から現れた華奢な体にぶつかってしまった。
トサッと軽い音がして小さな悲鳴が耳に届く。
「っと、だい、じょう……ぶ……」
「……え?」
ぶつかった衝撃で帽子が落ちて、艶やかな黒髪がさらりと零れる。
真ん丸とした瞳はただまっすぐに臨也を見つめていて。
「いざや、くん?」
「……名前、」
「えと、……久しぶりだね」
名字名前は、あの頃と変わらない笑顔で臨也に笑いかけた。