01
雪のような恋だった。
泡雪みたいに、今すぐにでも消えてしまうような淡い想い。
それでも確かに、恋をした。
「名字名前。短い間だけどよろしく」
教室を見回し、好奇の視線に晒されながら名前は申し訳程度に微笑んだ。
さて、どうなるだろうか。
並高に進学して1年ちょっと。恋人の反対も無視して受けた短期転校の話。
何か面白いことを期待してきたわけではないけれど、久々に普通の学校生活が送れたらいいなと思っていた。
何せこの世界に転生してからというもの、まともな学生生活が送れた試しがない。
もっとも、前世での学校も一般とは少し違ってはいたのだが。
「えー、名字の席は……折原の隣りが空いてるな。窓から2番目の後ろだ」
「はい」
机の合間を縫って歩くと踊るように揺れる青の毛先。
誰もが目で追っていることに気付かず、名前は「折原」と呼ばれていた少年に声をかけた。
「折原、だっけ。よろしく」
「よろしくね、名字さん」
名前は知らない。
この学校は並高とは違う意味で『普通』ではなく、また隣りの少年こそが騒動を作る中心人物だということに。
折原臨也に色んな意味で目を付けられたことに、残念ながらこの時点で名前は気付くことができなかったのである。
***
「……――失礼しました」
久しく使ってなかった敬語を活用して職員室の戸を閉める。
張り付けていた愛想を途端に落とし、無表情のまま近くの時計を見上げた。
昼休み終了時刻まであと20分程。
まったく、昼食抜きにさせる気だったんだろうか。
大体、今回に関しての注意なんて今更すぎやしないか。
そんな文句を内心で零していると「名字さん、」と呼び止める声が聞こえ、名前は足を止めてその主に目を向けた。
「よかった。昼休み終わるまでに出て来なかったらどうしようかと思ったよ」
「あー……っと、折原?私に何か用?」
「お昼、一緒に食べない?」
手に提げていた袋を掲げてにこりと笑う姿は爽やかで好青年に見える。
けれど名前はそれに騙されることなく、数秒観察した後に頷いた。
「じゃあ、屋上行こうか。俺、大体は屋上で昼休み過ごしてるんだよね」
「へぇ」
なーんか、胡散臭いというか……六道っぽい感じがするんだよね……。
もちろん隣りを歩く男子が骸であるなんて思ってない。
でも、雰囲気が似ている気がしたのだ。
人を欺くことを得意とする幻影の霧に。
「てか、私をずっと待ってたわけ?」
「まぁね。ちょっと名字さんと話してみたくて」
「教室でもそれなりに会話したと思うけど」
「それは事務的なものだったから。話したいのはもっと別のことだよ」
他の女の子であれば自分に好意があるのかも、と期待するような笑顔で臨也は言った。
だが、それは他の女の子であって名前は違う。
はにかむわけでも、照れを見せるわけでもなく、ただ淡々と前に歩を進めるだけ。
そのことに対して臨也が面白そうに名前を見ていることを知る由もなく、二人は誰もいない屋上の扉に手をかけた。