03



臨也が名前の秘密を知ったのは偶然だった。
静雄から逃げるために飛び込んだ場所が偶々図書室で、その図書室に偶々眠る名前がいた。ただそれだけのこと。

もう一つ偶然を加えるなら、名前がドラマの台本を広げて眠ってしまっていたということだろうか。




「思い返すと、初めて会った時も無防備だったよね。学習しないわけ?」

「……う、」


痛いところを突かれ、名前は言葉を詰まらせる。
言葉に意地悪そうな響きがあっても反論できやしないのを自分でもわかっているからで。

もごもごと口籠りながら「だって、」と言い訳じみた言葉が名前の口から漏れる。


「確かに臨也くんにバレちゃったけど、臨也くん黙ってくれるし……。あんまり危機感を感じなくて……」


今度は臨也が詰まらせる番だった。

相手の弱みを握ればそれをネタに交渉(もしくは脅迫)し、自分の有利な方に導き罠に嵌めたりする。それが臨也だ。
実際、あの図書室の日だってそれを使って駒にしようとした。

けれど、今となってはそんな気など全く湧かないでいる。
名前を駒とするのを惜しむ自分が臨也の中にいた。


「……それは、バラしていいってことかな?」

「え、いやダメだよ!?バレたら私、転校しなくきゃいけないもん」

「ふーん。まぁ、安心しなよ。今のところバラしたりする気ないから」


そう、今のところ。
今はないだけであって、もしかしたら明日には変わっているかもしれない。

何年後か、何ヶ月後か、数日後か、下手したら数時間の内にか。
そんな時が訪れるかもしれない。
確かなのは、今この瞬間にはしたくないと思っていることだけ。


「でも、変わることはないんだろうねぇ……」



「ありがとう、折原くん!」



初めて会ったばかりの頃に向けられた笑顔を思い出しながら名前には聞こえないよう口の中だけで呟く。

きっとあの時、惚れてしまったのだ。
邪な考えを溶かしてしまうかの如く輝く、眩いほどの笑顔に。
自分にはない、純粋な心に。




偶然に偶然が重なってできた繋がり。
陳腐な言い方をすれば運命のような出会いが臨也の心に確かな変化を与えていた。