03



「おはよう、名前ちゃん」

「……おはよう、折原くん」


どうやら昨日の出来事は夢ではなかったらしい。
わざわざ下駄箱で待ち伏せ、笑みを添えて挨拶をしてきた臨也に名前は内心で頭を抱える。
昨日までは名字呼びだったのに急に名前呼びされた件は空耳だと願いたい。

大体、臨也と名前は別のクラスだ。
なのに何で自分のクラスを通り過ぎているのにまだ隣りを歩いているんだろうか。


「……どこまで付いて来るの?」

「ん?名前ちゃんのクラスまでだけど?」


当たり前のように言われて思わず続く言葉を失う。
チラチラとあちこちから向けられてくる視線、特に女子のが気になって仕方なかった。


「あ、そうだ。名前ちゃん、数学の教科書持ってる?」

「持ってるけど……」

「じゃあ貸してくれない?俺のクラス一時間目にあるんだ」


教科書を貸すぐらいなら、と了承。
そんなものいくらでも貸すから、お願いだから私に構わないでほしい。
切なる願いも胸にしまってしまえば届くことはない。もっとも口にしたところで臨也が聞いてくれるかわからないが。

教科書の中でも一番薄いものを鞄から取り出して渡す。
今日は数学の授業がないから明日でもいいと言い添えて。


「わかった。ありがとね、名前ちゃん」


向けられた笑顔に少しだけ心臓が跳ねる。
狡いと思う。
彼は自分の使い方が上手い。どんなふうにすればいいかなんて心得てる。

二つ手前の自分のクラスへと向かう臨也の背中を見送って、名前は溜め息を吐いた。


「名前ー!どういうこと!?今の折原くんでしょ!!?」

「あー……成り行きで?」


教室の入り、椅子に座った途端に待ってましたと友人が集まる。
さっき下駄箱で顔を合わせた時から気になっていたのだろう。問い詰める口調が興奮していた。


「もしかして名前、折原くんに気に入られたんじゃない?名前って綺麗な顔立ちしてるし、性格だって変に媚びてないしさー」

「この前も後輩の子に告られたんでしょ。モテる女は辛いねぇ」

「あはは、からかわないでよー。
 きっと折原くんも私のことなんか好きになったりしないだろうし。一時の気まぐれだって」


美人の部類に入ると言ってくれる友人だが、結局は平凡の域を出るわけじゃない。
性格もただ少し淡泊なだけで決して奇天烈な人間でもない。
可もなく不可もなく。そんなどこにでもいるような自分を臨也のような人が好きになるなんて、やっぱり名前は信じられなかった。

まだ一時間目すら始まっていない朝。
学校は今から本格的に始まるというのに、すでに名前は疲労していた。