07



この溢れるような、消えてくれなかった想いもいつかきっと過去に変わる。
綺麗な思い出として記録されて、いつの日か、「こんなこともあったね」って笑いながら物語のページを捲れるようになる。

そうなれるって信じてた。





記憶は断片的でよく覚えてない。
でもそれは、都合よく自分の身に起きた出来事を夢だと思わせてくれなかった。


「……夢であったらよかったのになぁ……」


剥ぐようにして脱がされた衣服が床に散乱し、シーツには血が染み付いている。
そして下肢体の痛みがこれが現実であると生々しく名前に突き付けていた。

隣りで眠る、子供みたいな寝顔を晒す臨也の黒髪を撫でる。

夢であればよかったのに。そうすれば、まだただの『幼馴染』でいられた。
どうして、何で、なんていう疑問の答えは要らない。欲しくない。知りたくない。
知ってしまえば、これ以上傷付くのは目に見えてるから。


「……」


一番どうしようもないのは自分の心だ。
こんな酷いことをされたのに、どうしても嫌いになれない。
惚れた弱みなんて言葉では片付けられない感情は、幼い頃から植えつけられたまま今でも根付いていた。

撫でていた手を止めて代わりに服を掴む。
素早く全て身に着け、近くにあった鏡で髪を整えた。


「ばいばい、臨也。元気でね」


二度と会わない。会わない方がいい。
臨也がどういう気持ちでこんなことしたかわからないけれど、一線を越えてしまった以上、これまでのような曖昧な関係も無理だろう。

これで最後だからと焼き付くぐらいに一心に臨也の寝顔を眺め、ぼやけてしまった視界の原因を乱暴に拭う。

名前も臨也も子供じゃない。立派な大人になった。
二人にはそれぞれの道があって、名前はもう一人で歩いて行ける。


だから、これでさよならだよ。


「……!」


パシリと乾いた音がして背中を向けた腕が引かれる。
布団が擦れ、寝ていた人物が体を起こした気配がした。


「どこ行く気?」

「……どこって、帰るの。自分のいるべき場所に」


自分がいるべき場所はよくわからない、けど、少なくともここではないのはわかる。
臨也の隣りにいるべき人間はもっと別の人だ。

そして、これでいいんだと思う。
元より幼馴染同士が結ばれる少女漫画にありそうな恋に憧れを抱くような年齢は疾うに過ぎた。
人生という一つの物語の中で自分の立ち位置なんてずっと昔からわかってた。


「俺は名前に離れることを許した覚えはないよ」

「許すも許さないも、臨也には関係ないでしょ。私は臨也のものじゃない」

「俺のものだよ。昔からずっとそうだっただろ」


その昔のようにはいられないってどうしてわからないの、臨也……。