05



思えば、こうやって臨也以外の男の子と二人っきりで出かけるのは彼が初めてだった。

時計をチラリと見上げ、「ちょっと早く来すぎたかな」と苦笑気味にぼやく。
前回、電車が事故で遅れて約束の時間より大幅オーバーしてしまったことから早めに来ようと心掛けた結果だが、さすがに30分も早いのはやりすぎた。
自分の外見上ナンパなんてされないだろうけど、変なのに捕まるのはごめんだ。

どこかで時間を潰してもいいが、たかが30分。
携帯でも弄っていればすぐに過ぎるだろう。


「うわ、最下位じゃん。ラッキーカラーは黒、かぁ……」


自分の格好を見下ろしても黒なんてどこにも入っていない。
占いを信じているわけではないけれど、デート前に自分の運勢が最悪と言われてしまうとどうも気分が下がる。
安易な気持ちで見るんじゃなかったと後悔していれば視界に入った黒。

目で追ってしまったのは、ラッキーカラーが黒だったからで。
あいつを連想する色だとは気付きもしてなくて、偶々顔を上げた先にいたのが臨也だった。それだけで。

視線が絡み合った瞬間、名前は体中の血が引いていくような気がした。


「やぁ、名前。久しぶりだね?」

「……そう、だね。池袋で仕事でもあるの?」


慎重に言葉を選びながら当たり障りのない質問をする。

『久しぶり』。たった1週間顔を合わせないだけでそう言うには不適切なようでいて、3日に一遍は会っていた二人にとっては表現として正しい。
臨也相手にこんなに緊張するのは、きっと何かと理由を付けて避けてきたからだろう。
自分から望んでそうしたくせに、気まずく思うのは間違ってるかもしれない。でも名前は「仕方ないじゃない」と心中で呟いた。


「仕事はないよ。あったら昨日、名前に来てなんて誘ってないさ」

「そ、そう……」

「それより、名前こそ何してるわけ?用事があるんじゃなかったの?」


言いながら臨也の目がスゥと細くなる。

やばいかもしれない。
幼馴染だからこそわかる些細な変化。
この時の臨也は機嫌が悪い。答えによっては機嫌が急降下し、しばらくの間はまともな会話もできないかもしれない。

そこまで思って名前はハッとした。
……何を気にしているのだろう。臨也ともう今まで通りに接する気などなかったくせに。
自分は家政婦じゃないし、ご機嫌取りの人形でもない。

私は、ただの『幼馴染』だ。


「用事ならあるよ。ここで待ち合わせしてるの」

「へぇ、そう。それで?俺よりも優先させるってことは重要なことなんだよね?」

「、幼馴染よりも彼氏を優先させて何が悪いの?」


言った。言い切ってしまった。
開き直ってまっすぐに臨也を見据えると、臨也は少しだけ驚いたように見開き……一瞬だけその赤い瞳に何か感情を浮かばせる。
本当に一瞬だったために名前はそれが何なのか見極められず、最終的に気にしないでおこうと早々に頭から消した。


「この際だから言っておくけど、料理や掃除をする人が必要なら家政婦でも雇うなり他の人に頼むなりして。臨也ならそういう人ぐらいたくさんいるでしょ?」


人だかりの向こうに待ち人の姿を見つけて、名前は臨也の横を通り過ぎる。

グッと後ろから腕を引かれて振り返った臨也の顔は、今まで見た事がなかった表情だった。


「俺のこと、好きなんじゃなかったの?」

「、私にとって臨也はただの『幼馴染』。それ以上でも以下でもないよ」


やっぱり、こいつは最低だ。
名前の気持ちを知ってて、わかってて接してきたのか。名前が傷付くことも承知の上で。

無理矢理腕を振り払い、名前は幼馴染を置いて彼氏の元に駆け寄る。


「名前先輩。すみません、待ちましたか?」

「ううん、そんなでもないよ。……ねぇ、健太くん」

「何ですか?」

「……キス、して」

「えっ」


突然ねだられて戸惑うように視線が揺れた。
けれど、名前の様子が可笑しいことに気付いたのだろう。
躊躇いながらもゆっくりと顔を近づけて、触れる。

……あぁ、確かに最悪の一日かもしれない。
占いで書かれていた文を思い出して失笑する。

今の名前には後ろを振り返って見る勇気などなかった。