03
「あれー名前ちゃんペース遅いじゃん。お酒苦手?ウーロン茶でも頼む?」
「あー、いい。大丈夫、です」
馴れ馴れしく顔を覗き込んでくる男を躱して名前は愛想笑いを浮かべた。
失敗したかもしれない。
合コンに参加したからといって彼氏ができると思ってなかったけど、雰囲気に気圧されちゃって楽しめない。つまらないというか、相手の男に興味が湧かないという失礼すぎる始末。
臨也離れの一歩としての合コンはさすがに安易だっただろうか。
氷が融けて薄くなったアルコールを舐めながら小さく息を吐いた。
「つまんなそうねぇ、名前。イイ男いなかった?」
「……ていうか、誰もが同じに見えるんだけどどうしよ」
素直に吐露した本音に名前を誘った友人は苦笑する。
「あんた、例の幼馴染くん一筋だったからねぇ。他の男を見ようとしただけ奇跡だわ」
「試しに付き合うのもアリかなって思ってたんだけど……」
どうもその気になれない。誘われても気持ちの部分が引いてしまう。
身持ち固いかと問えば、何を今更と呆れられてしまった。
「あんたって変に真面目なとこあるわよね」
「真面目……真面目かなぁ」
「ただし他人が関わった時限定でね」
そうは言われても自覚はないものはなく。
首を傾げる名前に友人は「あんたはそれでいいのよ」と呆れたように、けれど優しく笑った。
けれど合コンなのに友人、しかも女同士で話すとはこれ如何に?
合コンの意味が全くない状況に名前がこのままだと誘ってくれた彼女にも申し訳ないし、取り敢えず慣れるだけでもしてみようかな……と思い始めた頃、「あの、」と控えめに声がかかった。
その声の主を見てみると相手側である男が一人。
参加した中では大人しそうな、悪く言えば地味っぽい。けれど顔立ちは良い部類に入る好青年がそこにはいた。
「ええと、私、ここ退いた方がいいよね」
自分じゃなく友人が目的だろうと腰を浮かすと、青年は慌てて首を振る。
「違います!その、僕が話したいのは名字先輩の方で……」
「え?あ、嘘……というか“先輩”?」
「はい、あの、僕は来神の出身で……名字先輩は覚えてないかもしれないんですけど、」
場を読んだのか、友人がさり気なく席を外した。
でも名前はそれすらも反応できずに、後輩だという彼の顔を凝視した。
……確かに見覚えは、ある。
記憶に引っ掛かりもするのだけれど、肝心なところを思い出そうとするとなぜか曖昧になるのだ。
そもそも部活にも委員会にも所属していなかった自分がいつ後輩と接する機会があったのだろう。
臨也で埋め尽くされた高校時代を振り返ると……容易く見つけることができた。
すぐに思い出せなかったのは仕方ないことかもしれない。何せ名前にとってはその後の出来事の方が衝撃的だったのだから。
「竹下……健太くん、だよね?」
「はい!覚えてくださったんですね!」
彼はあの時、臨也が名前にキスした時に告白してくれていた男の子だ。
臨也の登場のせいで有耶無耶になってしまって、返事は結局しなかったという心底失礼なことをしてしまった相手に気まずくなる。
「自分でも女々しいって思ってるんですけど、実は名字先輩のこと諦めきれてなくて……その、今日こうやって会えたのも凄く嬉しくて……。
いきなり失礼かとは思うんですが、えっとその……僕とまた会ってもらえませんか?」
「いいよ」
「え!?」
あまりの即答に吃驚しているが名前は撤回する気はなかった。
やっぱり、私は真面目なんかじゃない。
いつの間にかいなくなっていた友人に向けて内心で呟く。
「返事、遅くなっちゃったけど、私と付き合ってほしい」
こんな私なんかをずっと想い続けてくれた人を利用しようとしているんだから。