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もし何か一つでも違っていたのなら、私があの場に立っていたのかな。

零と枢の間に滑り込む優姫を見ながら名前は考える。
……なんて、考えても無駄か。
『たとえば』や『もし』の話をしても意味はない。これからのことを考えた方がよっぱど有意義だ。


「名前」


いつの間にか側に来ていた枢が握った片手を向けている。
催促だと判断し、両手を広げて差し出すとポトンと落とされた鍵。

その錆びて鈍く光る鍵が何なのか名前にはすぐわかった。


「お兄様、これは……」

「君にと預かっていたものだよ。使うかどうかは好きにするといい」

「……、」


それでもと返そうとした手が止まる。
枢の目が受け取れと言っているのだ。名前が持つべきだと。
行く先を失った手は鍵を握り締め、ゆっくりと体の横へと下ろした。

引き下がった名前をしばらく見つめていた枢は足音もなく立ち去る。
最後までさりげなく優しい人。

兄に胸中で感謝しつつ、名前は二人に視線を戻した。
それはちょうど零が優姫を抱き締めた瞬間だった。


「……私はお邪魔かな」


誰に言うでもなく呟いて、枢に倣い背を向ける。

このまま消えてしまおう。
二人がどういう結論を出すにしろ、自分には到底入る隙間などない。

別れを告げないのは心苦しいが仕方ない――そう、自分に言い聞かせた時だった。
グイッと後ろから腕を掴まれたのは。


「待って。このまま黙っていなくなっちゃうなんてダメだよ……!」


優姫が泣き出しそうな顔で引き止めている。

顔だけ振り返れば零がじっとこちらを見つめていた。


「……別に、私は話すことなんて……」

「それでも、名前は零と話さないといけないと思う」


言ってから腕から手を放し、「先に言ってるね」と優しい表情で名前の背中を押す。

片割れの気持ちも、幼馴染の想いも両方知っているから。
だから優姫は二人を二人っきりにさせてあげたかった。

優姫が去り、二人だけとなってしばらくの沈黙。
気まずいような何とも言えない時間が流れ、先にその均衡を崩したのは――零。


「……壱縷から、聞いた」


思えば、こんなふうに向き合ったのは初めてかもしれなかった。