08



「優姫に触れるな」


アテナを喉に向け、振り斬りながら名前は優姫の前に降り立った。
鎌の切っ先は李土の頬を裂いて鎖と共に地に垂れる。

李土は名前の鋭い眼光を見返し、スゥと目を細めた。


「名前……!」

「大丈夫?優姫」


……似ている、彼女に。
李土の目に名前と彼女の姿が重なった時、全てを理解した。

玖蘭の姫は二人いると聞いている。
つまり、双児。
彼女の後継と呼ぶ姫が生まれていたのか、と。


「“名前”……。なるほど、悠と樹里は彼女に懐いていたからな。同じ名を付けても不思議はないか」


独りでに呟き、李土はニヤリと嗤った。
頬から流れた血を拭い舐めて、優姫を庇うように立ち塞ぎ自身を睨みつける名前に幼子を窘める声音で言う。


「……名前……いけないコだ……。そんな危ないモノを振り回して……。そう……それは本当に危ない……ようく知っているよ……。
 悠の……ブラムの命をとる時にそういう武器の力を借りたからね……」

「……っ」

「ブラム様のっ……!?」


父の命を奪ったのは李土だと、それも卑怯なやり方でと枢から聞いていた。
だから驚きはしない。憎み怒りは湧けど驚きは。

でも、


「っ、やっぱりあなたがあの方を……!!!」


あの方のことは反応せずにはいられなかった。

永く永く、永すぎるほど生きたあの方は疾うに擦り切れていた精神の果てに自ら命を絶ったと、そう伝えられている。
……だけど、それを納得して鵜呑みにできるほど名前は無知ではなかった。

自身と優姫の存在も隠し通され、両親の死の事実も歪められているのだ。
疑わないわけがない。
疑心が肯定され、名前は唇を強く噛んだ。
感情に振り回されないように。自制するために。


「黒……」

「さがってセンパイ!私の、私達の相手です。
 私がここに残ったのは……」


ふ、と優姫が気配を悟って藍堂の体を突き落とす。
名前の耳が悲鳴を拾ったと同時、ドンと屋根を蔦が抉った。砂塵が舞い、視界が奪われる。

息を呑む間もなくその主が姿を現した。


「錐、生……」


声帯を震わせて出た声は頼りなく消えそうで――誰の耳にも入ることなく消えた。