喰われるのは黄か、それとも青か



騒がしいというより、煩いと言った方が正しいような喧噪が車内に響いている。
馬鹿笑いに怒声。BGMにしては音量の大きい音楽。
どれを取ってもにぎやかさに拍車をかける。

その中で唯一静かな名前は後部座席の背に体を預け、窓の外を見るともなしに眺めていた。
手には薄い水色をした携帯があり、開いたり閉じたりと忙しない。

不意に名前の視界に一人の少年が飛び込んできた。


「紀田正臣……」

「あ?どーかしたかって、あいつ見覚えあるような……」


隣りに座っていた一人が名前と同じ窓を覗き込む。
必然的に狭まくなったことに名前が身を捻り、邪魔そうに眉が歪んだ。
言っても無駄なのは知ってるので何も言わないが。


「黄巾賊の将軍、紀田正臣だよ」

「あー、だからか。にしても何であんなとこ突っ立ってんだ?」

「兄貴が恋人を人質にとったんだってさ。
 でも、ああなってるってことは怖気づいたかな?」


楽しそうに笑いながら道の真ん中で俯く将軍を眺めた。

と、止まっていた車は動き出し、正臣の姿は後ろへと流れていく。
視界から完全に消えたと同時に、弄っていた携帯が震えた。




***





門田達の裏切りによって泉井が逮捕され、少年院に送られたのはどうでもよかった。
そう、そこまではよかったが、粟楠会や平和島静雄と揉めてブルースクウェアそのものが解散に追い込まれたというのは気に入らない。

目的を達成するどころか潰した兄への失望。
そんな兄に任せてしまった自分への苛立ち。

二つを混ぜて名前は、冷めた表情でただ一言吐き捨てた。


「……役立たず」




二年後、ダラーズという広くて浅い海に出会い、サメ達は住処を変えたのであった。