05
「ここはあなた達が入っていい領域ではないよ」
純血種特有の威圧感混じりの声に木の影に隠れて様子を窺っていた吸血鬼達は、総じて体を震わせた。
本能でわかる。この目の前にいる方の流れる血がどれほど高貴なものか。
姿を見せた玖蘭の稀少の姫に吸血鬼達の間でにわかにざわめく。
「これはこれは稀少の姫様……。このようなところでご尊顔を拝せますとは……」
「口上はいい。それより私はここに入るなと言ってるんだけど?」
名前にとってここは優姫のための箱庭。大切な場所。
それをこんな奴らが土足で無遠慮に踏み込まれるなんて、名前にはとても耐えられなかった。
静かに牙を剥く名前に、吸血鬼の一人が進み出て言う。
「恐れながら姫様は、ご自身が何をなさっているかわかっておいでですか?」
「貴女様のような方が人間をお庇いになるなど……。我が主と共に我らを従えてくださいませ。
貴女様こそが我が主と並んで頂点に立つに相応しい……」
「黙って」
冷えた声と共に一閃の風が近くの木を切り裂く。
我々を従えろ?頂点に立つに相応しい?……バカバカしい。
結局こいつらは人間を自分達の餌にしか思っていないのだ。私欲のために名前を利用したいだけなのだ。
こんな奴らのために、両親は……あの方は犠牲になったのか。
「ふざけないでよ。あの方を死に追いやっておいてまだ反省しないのか」
「“あの方”……それはまさか、ブラム様のことを仰っているのですか?」
「それは誤解でございます。ブラム様の自害に、我々は関与しておりません」
口々に弁解の言葉を言う吸血鬼達に名前は視線を鋭くさせた。
もう嫌だ。どうして吸血鬼はこうなの?
こんな災厄しか生まないなら……消えてしまえばいいのに。
名前の手の爪が握った柔肌に食い込む。
揺れる激情合わせて湧き上がる力。
今の名前にはその力を抑える気など、塵ほどもなかった。
消えてよ、私の前から。消えて、きえてキエテ……
「消えろ!!」
「姫さ、……ッ」
ブツン、と。
起こった光景に対してやけにあっさりした音。
胴体を失くした首は転げ落ち、肢体は地に崩れると同じくして砂へと還る。
恐ろしい静寂に名前の荒い呼吸だけが響いた。
「今なら、貴女の気持ちを痛いほど理解できますよ……ブラム様……」
虚しく積まれた砂の山。
風に吹かれれば崩れてしまうのと同様に、彼女達に定められた運命もまた、儚いものなのだろうか。