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カランッ……と希明の手から滑り落ちるロッド。
頭の中は真っ白で、痛覚だけが正常に機能していた。


「ッーー!!!?」


思わず希明はその場で蹲り、左腕で右腕を抑え込んだ。
食い込む爪の痛さが全く気にならないほどの激痛に脂汗が額に垂れる。

骨を折られたのだと理解するまで時間はかからなかった。


「ごめんね。こうでもしないと君は大人しくしないでしょ?」


対して悪びれる様子もなく希明の腕を折った張本人は言い放ち、唇を愉快そうに歪める。

あらぬ方向に曲がった利き腕はもう使い物にならないだろう。
消滅が特徴の雪の炎では治すこともできない。
左でも戦えないことはないが、やはり右で扱うのと比べてしまえば差が出てしまう。

ツナ達の援護も期待できない今、完全に希明の詰みだった。
どう抗っても覆ることができないとわかってはいても、それでも希明は海云を睨むのをやめはしない。


「いいね、その瞳(め)。この状況で屈しないなんて……やっぱり好きだな」

「さわ、んな……!」

「心配しなくていいよ。殺したりとか、そんな勿体ないことしないから」


笑顔で物騒なことを言い放ち、懐から透明な液体が入った小瓶を取り出すとそのまま口に含む。

それが何なのかとか、何をするつもりだとか、痛みに耐えるので精一杯な希明では考えが至らなかった。
だから希明は顎を引き寄せられたことも、そのまま唇を塞がれたことにも抗うことができなかった。


「んぐ……!!」


無理矢理合わせられた唇から流れてくる液体。
小瓶に入っていたやつだと察せられても飲み込む以外に選択肢はなくて。

好きでもない、むしろ嫌悪さえ抱いている奴とキスなんて虫唾が走って仕方がない。
けれど片腕だけでは大した抵抗もできずに海云のされるがままになって、結局注がれたままにその得体の知れない液体を全て喉に通した。
希明が飲んだことを確認した後にようやく離れる。

笑みを深める海云に「なにを……っ」と糾弾しようとした瞬間にぶれる視界。
それは強烈な眠気のようで、力が抜けていくと共に意識が遠退いていく。


「おやすみ、雪城さん。――良い夢を」


指から滑り落ちて床に転がったボンゴレリングは、希明を抱き上げた海云によって踏みつけられ……砕け散った。