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希明の中での山本武の立ち位置は『認めている人間』であり、『友人』である。
クロームのような慈愛を向ける親友でもなく、雲雀のように恋愛感情を向ける恋人でもないただの友人。

言葉にしてしまえば何てことはない関係だが、希明にとってはその立ち位置こそが貴重で大切だった。

だからこそ希明は、血塗れの山本に焦って慌てて駆け寄った。
そして山本が救急車に連れて行かれた後も、未だ血が残る部室にいた。


「第一発見者はお前か?希明」

「あと笹川了平。……雪と笹川の晴の炎を使って治療を試みたけど、効果はあまりなかったといっていい」


リボーンは「……そうか」と呟き、希明の隣りに並んで血の海を眺める。

おそらく山本を襲ったのは継承式を妨害しようとするマフィアの仕業だろう。
犯人を特定するには難しく、少しでも手がかりでもあればと希明は目を凝らして見る。


「大部分は消されちまってるな。犯人の核心をつく部分だったのか……」

「これじゃあ、手がかりには……ん?」

「どうした?」

「いや、これ……“でりとと”?」


小さくひらがなで書かれた謎の文字。
偶然にしてはしっかりと書かれている文字に山本が目的を持って書いたのだと思うが、意味がさっぱりわからない。

でりとと……デリトト、delitto……。


「『delitto』……イタリア語で『罪』を表す単語か。ボンゴレ絡みで何か心当たりある?」

「あぁ。一部のボンゴレ幹部しか知らない最高機密なんだが、継承式で代々受け継がれることになっている小瓶の名称だ」


その小瓶の名前がメッセージとして残されているのだから犯人の目的は『罪』だと考えるのが自然な流れ。
つまり、犯人は第三者の目に触れる継承式の時に必ず現れるはずだ。

希明はそこまで考えると目を閉じ、息を吐くと踵を返した。

嫌な予感がこれのことを示していたかはまだわからない。
けれど、もし継承式に参加せずに山本を襲った犯人を逃してしまえば自分が後悔するであろうと希明は理解していた。


「……ツナはボンゴレのボスを継がないことを決めた。継承式は中止になったぞ」

「……沢田がこのまま黙って引き下がれば、でしょ」


認めてはいないけれど、知識としてツナがそういう人物であると知っている。
犯人を捕まえるために継承式を開催させると予想するには容易い。


「先に言っとく。私が今回協力するのはアンタらボンゴレのためじゃない。……私は、私のためにしか動かないから」


希明は瞳に決意と怒りを滲ませながら、静かにその場を去って行った。