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凄まじい破壊音。
辺り一帯を覆う砂塵は視界を塞いでいる。
徐々に開かれていく光景は、つい先刻までのものと明らかに違っていた。

抉れたように綺麗さっぱりと消え去った建物。高層ビルの一部が崩壊して瓦礫と化したところもある。
宙には肩で呼吸する佳弥が浮遊しており、逆に希明の姿は見当たらない。

あまりの炎に避け切れずビルと一緒に消滅してしまったのだろうか。
それとも……、


「ーーッ!!」


ビュッと鋭い風を佳弥が感じた時には鈍い痛みが首から背中にかけて裂いていた。
何とか動いた顔だけで振り返ると、そこには無表情を歪めて鎌を構えていた希明が佇んでいる。

決して小さくはない傷口から血が飛沫、希明の顔を濡らした。


「弓を放す寸前に目を閉じ、放った後に僅かに隙ができる。……ったく、アンタだけだよ。私がこんな些細なクセ覚えてるの」


自分で言いながら呆れたように、でも哀しげに言う。

希明が言い終わるかどうかのタイミングで佳弥は崩れ落ち、力を失った体は地面へと叩きつけられる。
夥しい量の血が地を染め上げた。

勝利の喜びなどない。あるのは苦しさと虚しさだけ。
偽りの器とはいえ、壊してしまったことへの絶望感が希明を襲う。
仕方ないからこそやるせない。行く宛てのない苛立ちが内を蝕んでいる気がした。


「……――?」

「あ……」


せめて最期ぐらいは楽にしてあげたいと翳したリングをはめた手が止まる。
肩が揺れ、目が見開いた。零れた吐息が震える。

それでも希明は佳弥から目を離せなかった。

今、もしかして。でもそんなはずは……。
混乱する希明を余所に、佳弥の瞳が薄く開いていく。
そこには『人形』にはない、佳弥本来の生き生きとした輝きが見えた。


「希明……?」

「か、や……」

「あは……っ、やっと会えた……」


辛いだろうに、苦しくて仕方ないだろうに、佳弥は希明を見て嬉しそうに笑う。

動かない体を無理に動かしてまで自分に手を伸ばす佳弥に希明は思わず涙ぐみそうになった。


「わたし、ね……希明が大好き。すきで、好きすぎてどうにかなっちゃいそうになるぐらい……」


震える手が頬に触れる。……冷たい。
そっと自らの手を重ねて少しでも体温が移るように握り締める。

ふにゃりと緩んだ佳弥の表情は、あの頃の、まだ二人が一緒にいた頃の記憶を呼び起こした。

平凡な何てことはない、どこにでもあるような日々。
けれどどんなに渇望しても、二度と手に入れることができない時間。
隔てるものは世界という壁。壊すことのできない溝。


「ね……わたしは、希明にとってなんだった……?」

「何って……」

「わたし、は、希明のしんゆう……になれ、たかな……?」


希明が自分に自信がなくて『親友』だと名乗っていいのか不安なように、佳弥も自分が希明の『親友』でいられたのか不安だった。
だって、希明は佳弥にとって憧れそのものだったから。

外面の美しさに魅せられて、内面の強さと脆さに惹かれた。
他人よりも冷めてて、自分一人で何でもできたから余計に自分なんかが希明の『親友』でいいのかという疑問をいつも思っていた。
聞いてしまえばもう一緒にいられなくなるんじゃないかといつも笑顔の下に隠してきた疑問を、初めて佳弥は口にする。


「バカじゃないの。私がどうでもいい奴なんかを側に置くはずないでしょ……。
 私は、佳弥のことちゃんと親友だって思ってるよ。今も昔も、大切な親友だって思ってるから……!」




叶うならあの頃に戻りたいと思った。