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【会って話しがしたい】


その下には日時と場所。送信者の欄には『折原臨也』とある。
いたって簡潔な文面であるだけに目的が読み取りずらい。

いくらあの臨也からのメールとはいえ、つい最近別れた恋人。
まさか何かの罠に嵌めようと画策しているわけないだろう。
つまり不安はない。でも心優は指定された当日になっても未だ返信できずにいた。


「どうしよう……」


返信しようとボタンを押そうとする度に、先日の襲われかけたあの時の光景が甦る。
臨也に近づくなと叫んだ女性の憎々しげな表情。

トラウマになったわけではないが、それに近い恐怖心が心優に刻まれたのは確かだった。

臨也と女性の幸せを思うならもう会わない方がいいのではないか。
そんな考えが心優を踏み留めていた。


「新くん……セルティ……私、」


思い浮かんだ二人の顔。
一度は二人に相談することも考えた。でもそれはダメだとわかっている。
これは自分と臨也の問題であり、第三者たる二人を巻き込むわけにはいかないと。

会うか会わないかの結論は出ていないが、心優の足は着実に待ち合わせ場所に向かっている。
もし会わないと決めたのなら引き返せばいい。臨也には悪いが断りのメールを入れればいい話だ。

ふわりと髪が風に靡いて頬を擽る。
反射的に後ろへと払った時、


「心優か?」


聞きなれた友人の声が心優を呼び止めた。

一瞬身を固くしたが、すぐさま臨也ではないと判断し振り返る心優。
そこには同期生とその連れの姿があった。


「あー!心優ちゃんだ」

「相変わらず癒し系オーラ振りまいてるっすねー」


例のオタク男女二人の会話の半分も理解はできないが友人なのは変わらない。
いつものように繰り広げられる会話にコテンと心優が首を傾げると余計に騒ぎ立つ。
曰く、無自覚天然具合が庇護欲をそそるとのこと。

暴走気味に心優の肩を掴んで熱っぽく語る狩沢と遊馬崎を門田が「落ち着け」と制し、改めて心優に向き直った。


「そういえばお前、大丈夫だったか?詳しくは知らねぇが危ない目に遭ったんだろ?」

「何で知って……」

「イザイザがすっごい焦った様子で私達のとこに訊きに来たんだよー。『心優を見なかったか?』って」

「あそこまで余裕がない臨也さんも珍しかったっすよねぇ」


臨也が、自分を捜してた。それも焦って。
それを聞いて心優の顔に僅かに驚きの色が浮かぶ。

情報屋なのだから心優が襲われかけたことぐらいすぐに知れるだろう。
その犯人が誰なのかも。
それなのに臨也は心優を捜してくれた。……おそらく心優を助けるつもりで。

心優の胸に熱いものが込み上げる。


「臨也と何があったか知らねぇが、あいつがお前を大事にしてるってことはわかってやれよ」

「……うん」


今の心優に迷いなどなかった。







扉の向こうに見た光
(いいの?ドタチン。あんなこと言っちゃって)
(狩沢さんの言う通り、このままじゃ臨也さんに盗られたままっすよ?)
(別に俺はそんなんじゃねぇよ。俺はただ、心優を妹のように思ってるだけだ)