※山田一郎成り代わり
青い刺繍の入ったブラウスに焦茶色のスカンツ。
目立つ二色の瞳はカラコンで覆うとして、髪はどうしようか。
瞳と違ってありふれた色だからこのままでもいいけれど。
そんなことを考えながら洗面所に立つ名前と上の弟である二郎が鏡越しに目を合わせた。
「おはよう、姉ちゃん!……って、珍しい格好してる!」
「おはよう。今日の仕事は変装必須でね」
萬屋という仕事で小回りが効く格好を必要とされる場合が多い都合上、ジャージだったり動きやすい服装が多い。
というか、そもそもの好みとして女の子らしいふんわりとした服はまず選ばないが。
大変遺憾なことだが、自分の知名度の高さは知っている。
成り代わってマイクを持った時から諦めていた。
仕事に困らないという意味では助かるが、隠密性を求める依頼に関しては知名度の高さは邪魔でしかない。
今回は情報収集という目的のため、というより場所が理由の変装なのだが。
「それじゃあ髪とメイクは今からだよね?俺してもいい?」
「……いいけど」
「やった!姉ちゃんってお洒落興味ないじゃん。確かにそのままでも綺麗だけど、一回ちゃんとお洒落した姿見てみたかったんだよね」
手先の器用な弟だから仕上がりに心配はないが、ここまで喜ばれるのもどうかと思ってしまう。
まぁ、名前本人より弟達の方が名前自身に興味があるのは今更な話ではあった。
騒いでいると足音が近付くのが聞こえて、今度は下の弟が顔を出す。
「煩いぞ、二郎!朝くらい静かにできないわけ!?」
「はぁ!?そっちこそ煩ぇよ!」
「……どっちもどっちだから静かにして」
名前の鶴の一声に「「ごめんなさい……」」と勢いが萎んだ。
一気に俯いた顔だったが、三郎は名前の格好に気付くとパッと顔色を明るくする。
「名前姉!すごく似合ってます!いつもの格好も凛々しくてお似合いですけど、今日の姿も素敵です!」
「だよな!変装だから姉ちゃんだって隠すの勿体ないよなー」
「バカ二郎!名前姉だって知られてみろ、余計な虫が群がるに決まってるだろ」
「……確かに」
虫が何かだとかわからないが、二人が名前に理解できない話で盛り上がるのはいつものことだ。
仲悪いよりマシなので放っておく。
仲が良すぎて張り合いから喧嘩に発展するのはやめてほしいが。
ひとまずカラコンを入れて両目を黒くし、残りは後でいいとキッチンに向かう。
「……そうだ、昼食は用意してあるから二人で食べて」
「わかりました。……夕飯はどうします?」
「できるだけ間に合うようにするけど、無理そうなら連絡する」
しばらくして追いかけて来た三郎に伝えれば、三郎は了承を返しながら何か言いたげに名前を見ていた。
二人が休みの日でも仕事があるのは普通だし、一緒に食事が取れないのも珍しくない。
夕飯の準備はしていないが、それぐらい何の問題もないだろう。
「そういえば姉ちゃん、今日どこ行くの?」
続いて現れた二郎が冷蔵庫を開けながら言った問いに、「あぁ、そういうことか」と三郎の表情に納得する。
おそらく三郎は名前の今日の仕事内容を把握しているのだ。
名前が特徴を隠し、別人を装う理由を。
話さない選択肢もあったが知られているなら意味はない。
二郎が騒ぎ立てる予想しつつ、名前は淡々と答える。
「ヨコハマ」
案の定騒ぎ出す弟に表情を顰め、それでも準備を着々と進めていった。
ヨコハマはイケブクロと比べると治安が悪い。
とはいえ、イケブクロに裏社会がないとは言えないし、普通に生活する上で巻き込まれることもないはず。
だからこれは場所云々というより名前の運の悪さなのだろうとうんざりする。
「ほら、こっち来いって」
「そうそう、こーんなとこにいると悪い男に拐われるぜ」
ニヤニヤと笑う男二人組。
軽薄そうというよりもチンピラ崩れ感が強く、この路地裏では酷く似合いすぎた。
仕事はもう終わってるからいいが、やっぱり路地裏なんか使わなきゃよかったか。
幸いにも人目にはつきにくい。
これが街中なら派手な立ち回りはできないが、ここなら潰してしまっても大した問題にはならない。
マイクを出すまでもなく、さっさと終わらせよう。
名前が足を僅かに引き――
「オイ」
聞こえた声に動きが止まる。
ぞわりと更なる嫌な予感が名前を襲った。
「あ?なん……!?」
「あ、碧棺左馬刻!?」
男達が振り返り、その間から闖入者の顔が見える。
無造作に跳ねる銀髪に血のように赤い両の眼。
身に纏う雰囲気はあまりにも一般とは画していた。
「俺様の女に何してやがんだ?あぁ゙?」
「ひっ……す、すんません!」
低い声での恫喝に男達は震え上がってあっさりと逃げ出す。
情けないと言うべきか、仕方ないと取るべきか。
ただのチンピラ崩れが敵うわけもないかと考える名前は明らかに現実逃避していた。
とはいえ、いつまでもそうはしてられない。
変装はしてるし、気付かれてないことを願ってこの場から去ってしまおう。
「……助けてくださってありがとうございます。申し訳ないですが私はこれで――」
声色を変え、顔を見られないよう視線を下げて通り過ぎる……が。
「オイオイ、久しぶりに会った相手にそれはねぇだろ」
「……、」
「随分カワイイ格好してんじゃねぇか、名前」
道を阻むように壁に手を置き、立ち塞がる左馬刻。
別人に成り切ったはずの名前を真っ直ぐに見下ろす様は自分が抱いた確信を疑っていない。
ごまかすのは無理だと悟って取り繕うのを諦める。
「何で私だってわかった?」
「わからねぇわけねぇだろ。バレバレだわ」
少なくともここまで誰にも気付かれずに来たわけだし、納得はいかなかったが左馬刻にとってはそうなのだろうと受け入れた。
昔、乱数が何気なく名前にモデルを頼むまで名前を男だと思い込んでた人物に言われると思うことはあるけれど。
「で、んな格好して何してやがる」
「依頼。アンタに断りなかったのは悪いけど……もう帰るから」
「ほーん。……にしても、」
「っ、」
グイッと顎を持ち上げられ、まじまじと顔を覗き込まれる。
特徴的な黒子は消し、目元の印象を和らげる淡いメイク。
二郎監修の仕上がりは女の名前が見ても良くできていて、器用だと感心したものだ。
自然と近付く顔は二年前にはよく見ていた時と変わらず、酷く整っている。
そう、“変わっていない”。
凄みという点で増してはいるが、瞳の――名前を見る瞳の熱量はあれから変わっていなかった。
……この距離は拙い気がする。
焦燥じみた予感に振り払おうとするが、行動に移すのが一足遅かった。
「気に入らねぇ」
「なん……!?」
顎から頬に移動した手が、名前が逃げようとするのを止めさせる。
そして不機嫌に呟いた左馬刻は更に距離をなくして左目に“舌を伸ばした”。
「っ、!?」
思わず見開いた目に刺激を感じ、反射的に閉じようとするが阻まれる。
時間してそう長くなかったはず。
気持ち的にはようやく離れた左馬刻の舌には左目から取ったのであろうコンタクトが乗っていた。
そのままカラコンを吐き捨てた左馬刻は本来の名前の瞳を見て満足気に見つめる。
「やっぱそうじゃなきゃなァ。隠すなんざふざけたことしてんじゃねぇよ」
「……っそんなの、私の勝手でしょうが」
「はぁ?まだわかってねぇのかよ」
眼前の男の双眸に似た、赤の瞳。
お揃いだなと過去のチームメイトが笑っていた。
左馬刻は、支配欲と独占欲を熱く滲ませて名前に言い放つ。
「テメェは俺様のもんだろうが」
原作の伝説の結末がどうだったかなんて知らない。
本来の山田一郎と碧棺左馬刻が決別した理由もわかっていない。
だから何が違って、原作とは明らかに違う眼差しを向けられているのかなんて名前が知る由もない。
憎悪と嫌悪なら楽だった。
そうであればいいと望んで仕向けたはずなのに、何でこうなったのだろう。
「私はアンタのものじゃない。……これからもなる気はない」
私は私の道を行く。
誰かに囚われるなんて許さない。
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おもちさんリクエスト夢でした。
「傍観者」ifでヒプマイということで思いっきり私の好みに走って一郎成り代わりでした。
一応前々から設定は練っていまして、ぜひ書きたい話の一つです。
ちなみにTDD時代は男の格好してふりをしていたため、世間一般の認知度的に夢主を男と思ってる人は多いという設定。弟達との仲違いも表向きで、仕事の関係と施設長を疑っていたためわざわざ夢主がそうするようにしていました。
乱数が中王区と関係があるのも、父親が裏にいるのも把握済み。
左馬刻に関しては恋というよりは執着で支配欲と独占欲です。決別の一件で憎悪に変えるつもりが失敗して歪んでしまった感じとなってます。
大変お待たせして申し訳ありませんでした。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
叶亜