※太宰治成り代わり
暗い色合いの家具が揃うシックな雰囲気。
スポットライトを浴びたテーブルには人が集まり、その纏う煌びやかな装いを目立たせていた。
一喜一憂した歓声に混じってジャラジャラとコインが動く音がする。
何奴も此奴も欲望でギラつかせてやがる、と中原は零れそうな溜め息の内で思った。
中原にカジノで遊ぶ趣味はない。
いけ好かない同僚幹部にカジノを縄張りとする野朗がいるというのもあるし、そもそも運要素の強いギャンブルは性に合わないのだ。
仲間内でカードゲームする分には構わないが、とそこである記憶が脳裏を過ぎる。
「……チッ、」
嫌なことを思い出した。
仲間内でのポーカー。それだけならまだしも、あの女が関わってくるから嫌になる。
思い返すのも忌々しい。否、頭に浮かんでしまう時点で苛つく。
とはいえ、今は仕事。
気分を切り替えていかなければ――
「あ゙!?」
頭を振って追い出そうとした矢先、視界に入った光景に低い声が漏れた。
一際盛り上がったテーブル。
ディーラーの向かいの一角にその女は凜然と椅子に腰掛けている。
「おいおい、これで何勝目だ?」
「わからん。少なくともまだ負けてないのは確かだ」
「それにしても美しい……」
自然と中原の耳に入っていく、積まれていくコインへの称賛。
それだけならまだしも、半分以上がその当人に対して欲望の目を向けていた。
その身に纏う濃いブルーのドレスは露出こそ低いが体格に沿って貼り付いており、スリットから覗く組んだ足の白さが眩しい。
背中に垂れる緩いウェーブのかかった艶やかな黒髪は身動ぎする度に誘うように揺れる。
カードを見つめる眼は静謐な色を湛えていて。
人形じみてはいるが、その女の見た目が一級品なことぐらい中原は嫌になる程知っていた。
「double down」
「Q……ってことは21!成功だ!」
高額だった賭け金が倍になり、更には勝ったとなればそれは盛り上がる。
心なしかディーラーの表情が引き攣っているのは気のせいではないだろう。
ちらりと人集りの隙間から積み上がったコインに視線を遣り、再び戻した中原は眉を顰めた。
中原の知っているあの女ならこんなふうに目立つのを許すなんてあり得ない。
大体、カジノ自体が踏み入れる場所ではない……となればおそらくプライベートで遊びに来たわけではない、となると。
自身の目的を思い返した中原は足を彼女の元へと動かしていた。
「さてと、そろそろ終わるよ」
離席の意を示したあの女が立ち上がり、ディーラーがカードを手渡したのが見える。
コインを持ち運ぶ代わりのカードで財布代わりでもあった。
「よろしければお嬢さん、この後――」
今し方目にした大金が目当てか、それとも彼女の美貌に目が眩んだか。
席を立つや否や、我先にと話しかける男共。
気持ちは大変不本意ながらわからなくもないが、やはり気に喰わないことに違いはない。
「悪いが、此奴には先約があるんでね」
周りを囲っていた一人がその細っそりした肩に伸ばそうとした手を払い除ける。
強引に隣りへと押し込み、視線から彼女の体を覆い隠した。
「待たせて悪かったな。もう充分楽しんだだろ?そろそろ俺に時間をくれねぇか?」
「……そうね、少し喉が渇いたし休憩したいかな」
顔を覗き込んだ中原に彼女――名前は表情一つ変えることなく差し出した手を受け入れる。
静けさを湛えた青に今映っているのは自分だけ。
残念そうに溜め息を吐く周囲から抜け出しながら、そんなことに優越を抱いたなんて認めたくなかった。
「スティンガーを」
「……あ?手前、そんなの飲んだか?」
基本的に名前は枠でウィスキーやらワインやら何でも飲めるが、好みとしては甘いカクテルを選ぶ。
ミントの強いスティンガーなんて名前のチョイスとしては違和感があった。
名前はバーテンに向けていた目を中原に向ける。
コツリと爪が支払いに差し出していたカードを叩いた。
音に反応して一瞬視線を落とせば先程稼いだであろう凄まじい額が表記されていて。
「アンタさ、“これ”調べに来たんでしょ」
相棒時代のハンドサインに頷く。
最近ヨコハマで流れているドラッグの調査。
それが今回の目的で、同じであろう名前に声をかけた理由。
それとスティンガーを頼んだことの何の関わりがわるのか。
「いつからやってんのか知らないけど……もう少しどうにかならないわけ?」
「あ゙!?」
「これくらいとっくに調べが付いてもいいと思うんだけど」
あんまりな物言いに中原が苛立ちを露わにするが、意に返さず名前はバーテンから差し出されたグラスを持つ。
そしてそのコースターを引っ繰り返し、裏に書かれた文字を見せた。
「!?」
「大体、私がカジノで荒稼ぎなんてする趣味あるわけないでしょ」
確かにそれに関しても可笑しいとは思っていた。
目立つのが嫌いな女だ。
わざわざ自分からそう仕向ける真似をするはずがない。
好きでもないカジノに興じて大金を得、好みではない酒を頼んだわけ。
その理由がコースターの文字だというのか。
「一定額まで稼いでこのバーでスティンガーを頼む。……ルートぐらいすぐ調べられてもいいんじゃないの」
「……、」
さっきカードを示したのも注目を集めるためだったらしい。
実行できる手段かは別として、名前の言うことも尤もすぎて黙り込む。
眉間に皺を寄せてグラスを煽った中原に名前は溜め息を吐き、そして問題のコースターを滑らせた。
「あげる」
「……どういうつもりだ?」
「どういうも何も後は任せるってこと。どうせ目的は一緒で、アンタと違って私は達せられればその過程はどうでもいいわけ。私がやろうが、アンタだろうがね」
そこまで言って顔を顰めた名前が眉尻辺りに指を当てる。
「ブラックジャックなら確実に取れるからやったけどさすがに使いすぎた」
「一気に稼ぐからだろ。……つーか、ポーカーにすればよかったじゃねぇか」
スカウティングをやってのけてしまう頭脳に今更驚きはしないが、そんな疲弊するならポーカーでもよかったはずだ。
昔、暇潰しにやった時はこの女のほぼ一人勝ちだったのだから。
イカサマを疑いもしたが、生憎一度も見破ったことはない。
「ポーカーだと運要素が強いでしょ。初見の人だと駆け引きするのも面倒」
あと言っとくけど、イカサマしたこと一度もないから。
付け足された言葉はイカサマを疑われたことを知っていたらしい。
「そういうわけだから頼んだ」
スティンガーを飲み干して立ち去ろうとする名前の腕を掴んだのは反射的だった。
予想していなかったようで振り返った名前の無表情が崩れている。
それを嬉しいと思ったことなど、名前は知られたくないし気付きたくもなかった。
「……もう少し付き合え。後で送ってやるから」
「……まぁ、いいけど」
座り直した名前に安堵したことを隠すためにバーテンに注文したのは名前がよく飲んでいたカクテル。
そんなことをまだ覚えていることに名前はどう思っているのか。
多分、大して気にしてないんだろう。
無表情に戻したままグラスに口を付けた名前に苛立ちこそ湧くが今更すぎて本人をぶつける気にもなれない。
一応仕事だから制限して飲むべきだが、仕事だからこそ敵対関係の名前と並んで酒が飲める。
飲み慣れたワインの味がいつもより美味く感じるなんて気のせいにしたかった。
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まーさんリクエスト夢でした。
「傍観者」if太宰成代夢主、中原夢ということでどんな話にしようか考えてなぜかカジノになりました。
読み直すと夢主と中原が絡むより他の文が長い気もしますが、というか全体量としていつもより長くなった気がします……。
実は私自身、カジノに行ったこともなけれればポーカーもブラックジャックもほぼ経験がありません。
なら何で書いたと言われそうですけど、思い付いたからとしか言えませんので変なところがあっても大目に見て頂けると助かります。
大変お待たせして申し訳ありませんでした。
これからも当サイトをよろしくお願いします!
叶亜