※もし獄寺が中立からの味方だったら





「本ッ当に!申し訳ありませんでしたッ!!」


ゴンッという盛大な音と共に額に痛みが走るも根性で噛み殺す。
たとえ困惑した声で「ご、獄寺くん!?」と呼ばれ促されても、獄寺は床に打ち付けた頭を上げようとは思わない。

こんなもので自分がしたことに対する謝罪になるとは到底考えられなかった。


「……君が自分の愚かさを詫びるのは勝手だけど、僕の部屋で見苦しい真似はやめてくれるかい。目障りだ」

「んだと……!」


つい噛み付いてしまいたくなるも、寸でのところで必死に耐えて踏み止まる。

雲雀がいる応接室を選んだのは自分で、見苦しいと言われるのも当然のこと。
そんな資格などないとわかっていた。


「……獄寺くん、顔上げて?」

「いえ!10代目、俺は……」

「いいから。獄寺くんと話がしたいんだ。……だから、ね?」


優しい声に促されて恐る恐る頭を持ち上げる。

その人はいつもと変わらぬ穏やかな表情で膝を着き、獄寺の顔を覗き込んでいて。
そっと伸ばされた手が鈍く痛みを持った額に触れた。
心配そうに歪めた瞳を目の当たりにして、獄寺は引き攣る心の痛みを自覚する。

どうしてこんな優しい人を疑ったのか。
過去の自分を殴り付けたい衝動に駆られた。


「獄寺くんは俺のこと、信じてくれるの?」

「愛美に……いえ、姫宮に10代目から暴行を受けたと聞いた時、そんなことするはずがないと思いました。でもそれは裏切られたと思いたくないだけの希望で、10代目を疑っていたのは事実です。だから姫宮の側にいましたし、10代目を信じているとも口にしませんでした」


そして「だけど……」と続けた獄寺。
未だ正座する膝の上に置いた手に力が入る。


「側にいるにつれて姫宮の粗が目に付くようになりました。暴行を受けたと言うには何の怪我も見当たらない体。怖いと言いながら男に囲まれても平然とした態度。しかも姫宮が訴えた中には10代目には不可能な日時のものまでありました」


矛盾からわかるのは姫宮が嘘をついているという事実。
そこで獄寺は改めて考えた。

本当にあの人はそんなことをするような人だったのかと。

中学生の時に出会い、右腕になりたいと強烈に願ったその人。
優しく仲間思いで、いつだって先頭に立って戦ってくれた10代目。


「結果、俺が辿り着いた答えは『10代目がそんなことをするはずがない』でした」

「……なるほど。つまり今更仕出かした罪の重さに気付いて慌てて謝りに来たってことだね、獄寺隼人」

「ヒバリさん!」

「君は黙ってて。……虫が良すぎるんじゃないかい。沢田綱吉、彼の信頼を裏切ってあの女を選んだのは君だろう。それとも何、甘い彼なら許してもらえると思った?」


止めようとするツナを振り払い、冷たく見下ろす雲雀。
その鋭さは殺気を孕み、今その手にトンファーがないのが不思議なくらいで。

怯みそうになるのを堪え、獄寺は声を張り上げる。


「許されるとは思ってねぇよ。……いや、優しい10代目なら許してくれるかもしれねぇ。だけど、失った信頼まで取り戻せるなんざ甘いことは考えてねぇよ」


前みたいな関係にはもう戻れないだろうし、気軽に右腕になんてことも言えない。
願うならそれは獄寺自身が努力しなければならない罰だ。
そうわかっていたからこそ獄寺は今日、ツナに謝罪する場として応接室を選んでいた。

冷静になれば表立っていなくても雲雀がツナの味方であることはわかるし、もし自分が何か仕出かしても雲雀が容赦なく咬み殺してくれると期待して。


「10代目、ヒバリが言うように虫が良いのはわかっています。信用できないってことも。それでも俺はあなたの側にいたいんです。もう一度だけ、俺にチャンスを頂けませんか」


獄寺は「お願いします」と言って再度頭を下げる。

真摯とも言える姿にそれでも絶対零度の視線を止めない雲雀が武器に手を伸ばした時、そっとその腕を掴む手のひら。
見遣った先に大空の笑みがあって、雲雀は渋々強行することを止めた。


「“恭弥さん”、ありがとう。俺は大丈夫だから」

「……仕方ないね、名前。君はやっぱり甘いよ」

「10代目……?」


いつもと雰囲気が違うことを感じ取って、獄寺は戸惑いがちに顔を上げる。
そして見上げたその人の笑みに目を見開いた。

この人は、こんなふうに笑う人だったか。


「ごめんね。獄寺くんが俺を信じられなかったのはきっと俺のせいでもあると思うんだ」

「そんなことありません!悪いのは俺、」


続けようとした言葉は唇に立てられた人差し指に止められる。
微かに吐き出された息は溜め息じみていて、やはりどこかいつもの仕草とは違う。


「まぁ、一方の言い分しか聞かずに制裁だなんだは人としてどうかと思うけどね。俺が信用されなかったのは自業自得かなとは思ってる」

「……、」

「獄寺くん、俺ね、ずっと自分を偽って過ごしてきたんだ。マフィアになりたくなくて、ずっと『ダメツナ』のふりをしてきた。……俺、本当は女なんだ」

「……え、」


短く漏らすしかできなかった驚嘆の声。

知らなかった笑顔。見慣れない仕草。
どれも今まで見てきた姿を否定するが、それを裏切りとは思えない。
なぜなら獄寺の尊敬したその人の瞳から滲む、まっすぐな優しさは変わらなかったから。


「……お名前を、教えてください」

「……名前。本名は沢田名前だよ」


心の内で何度も呼び、脳に刻み込む。
そして名前を見返す眼差しには曇りのない決意が宿っていた。


「名前さん。お願いします。もう一度だけ、俺をあなたの側にいさせてもらえませんか」

「……わかった、いいよ。俺もまた、獄寺くんと一緒にいられたら嬉しい」


差し出された手を掴む。
今まで男だと思ってたのが可笑しいほどに、華奢で小さな手のひら。
この手を二度と手放しはしない。

来たる断罪の時。
名前の横に佇む獄寺は絶望に打ち拉がれる者達を見下ろし、一歩間違えば自分があっちにいたのだと理解していた。
それでも今名前の側にいれる奇跡を噛み締め、再度心に誓う。

今の自分では右腕なんて口にするのも烏滸がましい。
だけどいつか、名前から信頼を勝ち得て支え合う人になるのだと。

一度離れたはずの嵐は再び大空の元に舞い戻り、二度と離れることはなかった。





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桜川さんリクエスト夢でした。

「崩壊」ifで獄寺が中立からの謝罪で味方に、そして断罪……とのことでしたがすみません。断罪はさらりと流してしまいました。
予想以上に長くなりすぎて削るしかなかったんです……。
あまり本編では触れませんでしたが、多分夢主にも悪いところはあったんですよね。
何せ自分を偽ってきたわけですから。ボンゴレから強要された性別はともかくとしても。まぁ、9割向こうが悪いですけど。
なので夢主は獄寺の謝罪を受け入れ、また獄寺も夢主の謝罪を受け入れました。
これからは比較的落ち着いた忠犬になるのではないでしょうか?(笑)

この度は遅くなってしまい申し訳ありません。
改めて企画に参加頂きありがとうございました!




叶亜