コツン、コツンと。ローヒールが床を叩く音が響いた。

氷の如く鋭さを帯びた青い瞳。
黒いコートには同色の髪が垂れており、緩くウェーブがかかっている。

ただそれがお洒落ではないことを芥川は知っていたし、彼女の身形への無頓着さをわかっていた。


「……それで?何か弁解することは?」


淡々と、辛うじて疑問符のつけられた問い。
目の前の彼女の両手には何もないにもかかわらず、首元に差し向けられたひやりとした感覚はその人の怒りを表している。

……否。この人は怒ってなどいない。
怒りを抱くほどに自分に対して感情を持っていなかった。
彼女はただ、不快を感じているだけなのだと。


「奴等は貴女に銃口を向けた。敵対したと判断し、僕が始末した。……それのどこに問題が?」

「……本気でそう言い切ったとこが問題だっての」


呆れたように呟いて一歩と更に距離を縮めて来る。

揺れた黒髪の毛先を無意識に目が追う。
一瞬気を取られた時、パァンッと芥川の頬に痛みが走った。


「ッ、」

「私、言ったよね。殺すな、生け捕りにしろって。最低限の指示すら聞けない奴も感情を優先して後を考えられない奴もいらない。貧民街の野良犬に戻りたくなかったら少しは頭を使うことを覚えろ」

「……ッはい」


言い捨てて去って行く背中は芥川がついて来ることを許してはいない。

悔しかった。悔しかった。悔しかった!
叩かれた際に切れた唇の血を拭い、そのまま下ろした拳は力を入れ過ぎて新たに血が滲む。


「名前さん……ッ」


どうしたら彼女に認められるのかとそればかりが芥川の脳中を回っていた。















「相変わらず容赦ねぇな、最年少幹部サマは」


揶揄うような響きで名前に声がかかった。
ちらりと一瞥すれば壁に背中を預けて佇む男がいて、その帽子の影に隠れた双眸はまっすぐに名前を捉えている。

無視する選択肢もあったが、名前の足はその場に留まることを選んでいた。


「手前に向いた銃口が許せねぇなんて上司冥利に尽きるじゃねぇか。少しは優しくしてやったらどうだ?」

「……それ、本気で言ってんの?」

「冗談に決まってんだろ。……裏切り者とはいえ、背後を吐かせる前に始末するなんざ下策もいいとこだ。芥川が叱責で済んだのはむしろ甘いな」


芥川にとっては厳しい罰にはなってるが、とは口にはせず中原は名前の表情を注視する。

人形に似た感情の起伏が薄い整った顔立ち。
中原の指摘にも眉一つ動かないのを見て舌打ちが零れた。


「背後関係なら吐かせずとも予想はついてるから問題ない。手間が面倒なだけ。……大体、アンタも他人のこと言えんの?」

「あ?」


視線だけが向けられて、何のことかわからず首を傾げる。
冷めたその目つきが気に入らないと同時、どこまでも見透かすようでぞくりと背筋が震えたのを気のせいだと振り払う。

そう、いつだって此奴はそうだ。
自分は何だって他人を見透かして惹きつけてしまうくせに、いざ近付こうにも拒絶する。
狡くて身勝手で、ムカつく女だと。

そんな此奴に芥川も苦労しているだろうと同情も湧くが、芥川は部下にとはいえ名前に“選ばれた”人だと思い至ればすぐさま霧散した。


「昨日、随分と暴れたと聞いたけど。それも病室送りになったのは幹部に昇進した私を気に入らないと零してた連中ばかりだってね」

「……偶然だろ。俺が気に喰わねぇから潰してやった。手前のことは関係ねぇ」

「……まぁ、どうでもいいけど」


途端に途絶えた視線が名前の興味が失せたことを物語る。
その視界に中原の姿などもう映ってはいないのだろう。


「用がないなら行くよ。面倒事が残ってるから」

「……」


此方を、俺を見ろ!
そう叫んでも名前が振り返ることはない。

それがどんなに悔しいか。きっと名前は知らないし、わかろうともしない。
残された男が振り向かない背中を睨んでいることなんて想像もしていないのだ。

中原が思わず吐き捨てた悪態は名前の耳に入ることなく静かに響いていた。




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おもちさんリクエスト夢でした。

ネタにある太宰成代でマフィア時代、芥川・中原どちらにも落ちない話でしたが……あれです。恋愛色が非常に薄いのは仕様です。
原作時代ならまだ明るい感じになりそうですが、マフィア時代なら思いっきり暗くなります。
落ちない話というのを私が勝手に都合よく解釈して書きました……反省はしてません、だって結構書くのが楽しかったので!

この度は遅くなってしまい申し訳ありません。
改めて企画に参加頂きありがとうございました!




叶亜