何があっても可笑しくはない新世界の海は、今まで持っていた常識が通用しないこともある航海で一瞬たりとも気を抜けはしない。
それでもずっと気を張ってるわけにもいかないのは当然で、穏やかな気候の時は見張り以外は各々好きなように過ごしている。

“不死鳥”とも呼ばれる一番隊隊長マルコもその一人で、何ともなしに水面を眺めながら溜め息を吐いた。


「何だよ、マルコ。辛気臭い顔して。まーたフラれたのか?」

「……別にフラれたわけじゃねぇよい。ただ気付かれなかったというか……」

「それって同じようなもんだろ!」


ぎゃははと品も遠慮もない笑い声に眉間に皺が寄る。
残念ながら強く否定できないのが腹立たしい。


「我らが末姫は無自覚っつーか鈍感だからなぁ……」

「うちへ口説き落とすのも苦労したしな。……ま、それだけイイ女ってことだ!」


マルコは「んなことわかってるよい……」と力なく呟いた。
わかっているからこそ手強いのだ。
仲間の言い分に全面的に肯定するマルコは、どうしたものかと悩む。

彼らが話題に挙げる『末姫』とはひと月程前に白ひげ海賊団に入って来たばかりの少女を指している。
名字・名前。名前もなく、写真も後ろ姿のみにもかかわらずONLY ALIVEで5億Bの規格外な手配書の主だった。
ひょんなことから出会い、気に入った各隊長や船長自らが勧誘すること数日。やっと首を縦にした名前を気が変わらぬ内にと船に乗せたのは記憶に新しい。

いっそ近寄り難い程に美しい顔(かんばせ)だけでなく凛とした立ち振る舞い。
否応なく一目見た時から惹きつけられていたマルコは、相手の手強さを実感しながらもライバルがいないだけマシかと思う日々である。


「あ、いたいた。マルコ、ちょっといいか?」

「ん?エースか。何だよい」

「今度の買い出し、当番なんだけど変わってくれよ」

「買い出しぐらい別の奴でも……」


本来ならば仕事の交代は隊の中でやるもの。
新入りに多く仕事を回すのはともかくとして、古株も古株の隊長格に押し付けるなんて普通はするものじゃない。

訝しくも断ろうとするマルコを妙に笑顔なエースが遮るように言った。


「ペアが名前だって言っても?」

「……!」


この弟分はマルコの気持ちを理解した上で好意で申し出たらしい。

エースにとっても新入りの名前は妹分に当たる。
何かと可愛がろうと構っている姿もよく見られた。
ただまぁ、素直に可愛がられる名前でもなければエースもエースで子供っぽいところがあるためにどっちが妹だか弟だかわかったものではない。

それはともかくとして名前を大事にしているということには変わりなく、そしてその大事な少女の相手としてマルコは問題ないと判断されているらしい。
エースだけではなく、落ち込むマルコを囲んでいた仲間達も更にニヤニヤと笑みを深めたが邪魔することはない。


「……、」


改めて自分の気持ちが本人を除いて周囲にバレバレだということに頭が痛いように感じつつも、マルコにはエースの申し出を断るという選択肢は浮かんでいなかった。




後編