ホグワーツを卒業すれば勉学に追われることはなくなったが、その分だけ他のことで忙しさは降りかかってくる。
若くして当主の座を引き継ぐのだから仕方のないけれど、面倒だという点では閉口せざるを得なかった。

そんな中でのつかの間の休息。
考え込まなくても読める軽い読み物を読み終えた名前は一息吐こうと机の上のカップに手を伸ばし、不意に向かい側で同じように読んでいた相手の本に目が留まる。

表紙がこちらに向いているおかげでタイトルがよく見えるそれは、名前にも覚えがあるものだった。


「……その本、どうしたの」

「あぁ、これですか?お父様が読むようにと僕に渡してくださいまして。名前も読んだことがあると聞きましたが?」


レギュラスの言う『お父様』とはブラック家の当主ではなく名前の今世の父親のことである。
名字家現当主である父親と名字家に匿われているレギュラスに接点があっても可笑しくはない。……ないのだが、


「それ、どんな内容か理解できてる?」

「?そんなに難しい内容ではないと思いますが……」

「いやまぁ、そうなんだけどさ」


歯切れが悪そうに言葉を紡ぐ名前にレギュラスは首を傾げた。

確かに内容としては難しくはない。
面白いものとは決して言えない読み物だが、根気良く読み続ければ二日とかからず読破できるはず。

ならばなぜ名前がそう問うたかといえば、その本は名前が名字家を継ぐために必要だと同じように父親から読まされたものだからだ。


「アンタを匿うことにも特に反対はなかったけど、まさかそこまで受け入れられてるとは思わなかった」


闇に肯定も否定もしない中立を掲げる名字家の現当主は、娘が闇側の者だった男を匿うと言い出しても反対しなかった。
もしかしたら反対したところで意味をなさない名前の性格を知っているからかもしれないし、他に理由があるのかもしれない。

ただ、レギュラスにその本を読むよう勧めた理由が娘の将来の相手だと見据えてのことだと考えれば、一度も自分達の関係を伝えたことのない名前は気恥ずかしい思いが渦巻いていた。


「僕もですよ。ここまですんなりと受け入れて頂けると思ってもみませんでした。……だからこそ、余計頑張らなくてはいけませんね」

「何が?」

「お父様の期待に応えられるような、あなたに相応しい男にならないと」

「……!」


さらりと告げられた言葉に名前の瞳が微かに見開く。
無表情がデフォルトな名前にとってはわかりやすい変化に、レギュラスは意地悪そうな含みを持った笑みを向けていた。

どうやら名前だけではなく、レギュラスも父親の意図に気付いていたらしい。


「僕は必ずなってみせます。だから、それまで……待っていてくれますか?」


表向きは死んだ人になっているというのにどうやって法的な関係を結ぶのかとか、現実的なことを考えれば障害はいくらでもある。
ここで素気無い返事をすることだって可能だろう。

今までなら選んでいた選択を頭から消し、名前はそっと立ち上がると青い髪を揺らしながらレギュラスの隣りに腰を下ろした。
幾分か幼さの抜けつつある年下の男の顔をまっすぐに見返して、人形じみた美しい容貌に微かな笑みを浮かべる。

答えなんて、悩むまでもなく出ていた。


「そこはさ、待ってろとか言えないわけ?……少しは自信持ちなよ。アンタは私が認めた数少ない人なんだから」

「名前……」

「……いいよ、待ってる。だけど、せめてその時のために別の言葉を用意しといてよ。弱気な言葉でしか言えない情けないプロポーズを受ける気はないから」


時代は闇が勢力を誇る暗黒の時代。
恐怖と混乱が入り混じるこの世界でいつ果たされるかわからない約束。

それでも結んだ将来の誓いに偽りもないことだけは確かなことだと二人はわかり合っていた。




――――――

結愛さんリクエスト夢でした。

その後の生活ということで連載完結すぐ後をイメージして書きましたが如何でしょうか?
レギュラスの事情が事情なため大々的には扱われませんが、いつの間にか父親公認の婚約者同士になっています。
夢主としては言いたいことはあるものの、特に反対する理由もないためそのまま受け入れることに。レギュラスも大歓迎ではありますが、思いの外あっさりと受け入れられて戸惑っている現状です。

企画に参加くださりありがとうございました。
これからも当サイトをよろしくお願い致します!




叶亜